◆私が個人サイトを始めてから20年ですよ


 私がサイトを持つようになったのは2003年5月5日、つまり今日で20年なんですね。20年も続けてしまった。


 2000年代前半、個人サイトの世界が華やかだった時代。テキストサイトブーム、個人ニュースサイトの快進撃、FLASH黄金時代。日本のウェブ文化の中心に個人サイト達がいた時代。

 当時の個人サイト管理人達はなんでサイト運営をやっていたのでしょうか。 注目されたい、力試しをしたい、プロの活動に繋げたい、自分の仕事の宣伝に使いたい、リアルに代わる居場所を確保したい、他には?
 今であればウェブの活動にかかる労力のリターンを受けとる手段が色々あるのだけど、当時はその手段に乏しかった。 労力に見合ったリターンを受け取れているサイト管理人は極僅か。特に収益化は厳しかった。 そもそもサイトが金を稼ごうとしたら反発が強かった。超大手の『ろじっくぱらだいす』が投げ銭形式で少しお金を貰おうと提案をしたら、閲覧者と、何より同じ立場であるサイト管理人達から反発された。 ウェブのコンテンツは無料で提供されるべきという思想に囚われていた時代。本にでもならない限りウェブ上の活動はお金にならない、なってもバナー広告で小銭程度にしかならなかった。
 それでも個人サイトは増えていった。サイトを運営したところで、その労力に見合ったリターンは受け取れない場合が多いけど、努力が報われるのかわからなかったけど、一生懸命やっていた。そんな時代。

 私が何でサイトを持ったかというと、テキストサイト界や個人ニュースサイト界を見て「これからは個人が自分の能力を発信する時代だよなあ」そして「発信する側の人間にならなければ」と思ったから。
 ただ、私が最初に開設したサイトはアクセスをとれなかった。一日数アクセスしかない超零細イラストサイト。イラストを描ける人は沢山いる。その中での競争になる。にわか仕込みの自分では戦えない。 そこで「自分にしか出来ない事は何か」を考え、コンテンツを改めてサイトを開設。 ”何年経っても残すべきサイトにする”と目標を立て、今の『佐倉葉ウェブ文化研究室』になっていった。

 個人サイトを20年間続ける、それが本当に良かったのかは微妙なのかもしれません。普通の人なら30歳を過ぎれば名誉にも金にもならない個人サイトをやっている場合ではないでしょう。 まして個人サイトの世界自体が廃れている状況では自分へのリターンがない。私にしたって例外ではなくて2010年から2015年まではサイトを殆ど更新していなかった。 自分がサイトの管理人であることをほぼ忘れてて一年に数回だけふと思い出すような状況だった。本当はサイトの管理人として戻ることはないはずだった。

 それが再びサイトを更新し始めたのには、色々な事情が重なってのことなのだけど。

 サイトを再び更新しようとして気が付いた事。それは私のサイトが5年以上ほとんど更新しなかったのに存在感を失ってなかった。私のサイトを脅かす存在が出てこなかった。 かつて、自分にしか出来ない事は何かと考えて作ったサイトは、2015年になっても同じ状況だった。そして2023年になってもその状態は変わっていない。オンリーワンな存在。

 最近思うのだけど、『佐倉葉ウェブ文化研究室』は個人サイトについての記録を纏めたサイトであり、かつサイト自体が当時の個人サイトを一番に体現していて、更には令和になっても変わっていない存在。 これを今終わらそうとは思っていない。これを終わらすのは個人サイトを否定する事になる気がするから。
 これは、悪く言えば現代に漂う個人サイトの亡霊或いは残留思念といえるのかもしれません。そしてそのまま成仏する気はないぞという事。現世に留まってやるぞという事。

 つまり、まだまだやる気がある。これは有難い状況なのかもしれません。

 かつての個人サイトの管理人、特にWeb 2.0とか言われてた時期にブログを書いていた人にありがちなのだけど、 なんか色々と諦めてしまっていて、サイト・ブログの更新はせずに、Twitterで不満や他人への悪口ばかりツイ―トする・そういう内容のツイ―トをリツイ―トをする。そういう行動でしか自分の存在をアピール出来なくなった人が少なからずいます。 そのアピールで得た反応は、実のところ一種の幻でしかないのだけど……そういう幻にすがらないとつらいのでしょう。
 そして、私がそうならなかった理由の一つとして、私のサイトにはまだ存在価値があるからという事になるのでしょう。そういう行動をわざわざやる必要がない立場にいる。これは有難い状況なんだなと思うわけです。

 だからまだやめるつもりはないんですね。当時の気持ちのまま変わらない。


 私が自分のサイトを持つようになった20年前。個人サイトが増えていった時期。サイトを運営したところで努力が報われるのかわからなかったけど、みんな一生懸命やっていた、そんな時代。当時の個人サイト界隈には確かに熱気と希望がありました。