テキストサイトの歴史

▼目次
■1.始めに
■2.1995年~1996年 インターネット元年
 ◆インターネットが研究機関のものから一般のものへ、◆『日記リンクス』と『日記猿人』と『ReadMe!JAPAN』、◆コンテンツの多様化
■3.1997年~1998年 原始テキストサイトの誕生
 ◆ゲーム系テキストが人気に、◆コジャレ系、◆『ホソキンズ ルゥム』によるサイト批評開始
■4.1999年~2000年 テキストサイトの形、出来上がる
 ◆『ろじっくぱらだいす』の登場と痛い系の活況、◆ライト日記系、◆テキスレ立つ
■5.2001年 テキストサイトブーム
 ◆『侍魂』の登場、◆『ちゆ12歳』の登場(VNI系)、◆テキストサイトブーム、◆『斬鉄剣』vs『無題』、◆アクセス至上主義、◆アクセスアップ論・テキストサイト論の流行、◆娘。系テキストサイト
■6.2002年 脳死、猛威を振るう
 ◆重要サイトの閉鎖・更新停止による活力の低下、◆脳死とテキテキサイト、◆サイト批評サイトの登場と挫折、◆『ろじっくぱらだいす』による「Web投げ銭」の提案、◆ROVNIの登場とVNI界の失速
■7.2003年 ブーム終焉の予兆
 ◆『テキッ娘。』の挫折、◆『ダークマター』の更新停止と後継を狙ったサイト達、◆衰退への意識
■8.2004年~2009年 成熟化
参考文献
おまけ
 ◆テキストサイトの系統、◆テキストサイトとは、◆テキストサイトの強み

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1.始めに

◆この文は?

 この文は、かつてネットで大きな旋風を巻き起こした「テキストサイト」について、2001年~2003年頃の「テキストサイトブーム」期を中心に出来事とその意味を書き記したものです。 さらに、その前の1995年~2000年についても簡単に書き記しており、テキストサイト界隈に関する「テキストサイトの発生からテキストサイトブームまでの流れ」が把握できるようになっています。 ブーム終了後も少しではありますが記しました。

◆今回初めての試みとして

 なお、今回初めての試みとして、調査過程の一部を下記ブログに随時書き記しています。 調査過程を随時公開するという試みは、将来、私と同じようにサイト論を制作する者の役に立つと考えました。 この試みが誰かの役に立てば幸いです。

  ・『テキストサイトブーム関連まとめページ制作作業の進捗報告書

2.1995年~1996年 インターネット元年

◆インターネットが研究機関のものから一般のものへ

 1992年、「AT&T Jens」を皮切りに日本の商用インターネット接続サービスが開始される。1992年から1994年の間に「IIJ」「TWICS」「InfoWeb」「リムネット」「ベッコアメ・インターネット」と次々に商用インターネット接続サービスが開始された。 1993年12月、「NTT」が『日本の新着情報』という登録型リンク集を始める。この『日本の新着情報』に登録されたURLの多くが大学の研究室あるいは研究機関であった。 この頃のインターネットはまだ学術色の濃いネットワークであった(*1)。
 日本の「インターネット元年」は人によって年に違いがあるのだが、よく聞くのは1995年である(*2)。 この年、Windows95の登場によりパソコンが一般家庭に普及し始め、 インターネットが大学や研究機関以外にも広まりだし、学術以外のコンテンツが徐々に増えていくこととなる(*3)。その1つが「日記」であった。

*1:1994年には内容としては学術・研究ではない有力サイトも少数存在したがファイルが置かれているのは大学のサーバである。
*2:1995年が「インターネット元年」と呼ばれる理由としては「Windows95の登場」「村井純氏が「インターネット」を著した」 「インターネットが流行語大賞の候補になった」などが挙げられる。「メガ日記」が始まったのも1995年。 1996年も「インターネット元年」として多く挙げられる年であるが、Windows95日本語版の発売は95年11月であることから、影響が本格的に現れたのが1996年と考えれば「インターネット元年は1996年」という云い方も可能だろう。 もしかしたらJUNETが誕生した1984年、あるいはWIDEプロジェクトが始まった1988年を挙げてくる人もいるかもしれない。 どれが正しくてどれが間違えているということではなく、どの指標を軸にするのかによって変わってくるということ。
*3:『日本の新着情報』の過去ログを見ると解りやすい⇒「日本の新着情報 バックナンバー」。

史上最強のパーソナルメディア、WWWの極意はHyperDiaryにある。
相互接続する個人ページの中から誕生しつつある、だれにでも開かれた日記のネットワーク。光速モディファイを誇るWWW日記ページが現代とリアルタイムでシンクロする新しいメディア=コミュケーションのかたちを提出する。
日々の生活そのものをWWWにまるごと投影する日記者たちの過激なヴァーチャルライフにリンクせよ。

ハイパーダイアリー関連原稿アーカイブnozomi Ohmori SF page

◆『日記リンクス』と『日記猿人』と『ReadMe!JAPAN』

 1995年、豊橋技科大に所属していた津田優氏は日記ページ同士を繋げる「日記ページのリンク集」を作った。これが『日記リンクス』である。 『日記リンクス』はアクセスランキングを実装したことで人気となり、日に日に影響力を増していったが、それによって揉め事が発生する(*4)。 『日記リンクス』が揉め事によってアクセスランキングを停止した後、その代替として機能したのが1996年開設の『日記猿人(*5)』ReadMe!JAPAN(*6)』であった。 この『ReadMe!JAPAN』が後にテキストサイト界の中で重要な位置を占めることになる。

*4:この辺は私が書いた文もあるが「日記リンクス始まる」 「日記猿人開設」 「日記リンクス630事件」 「ReadMe!JAPAN開設」 「未確認日記物体UDO”誘導”開始」 「日記猿人812事件」、 他サイトに参考となる文が多く残っているので、詳細は他サイトのを見たほうが良いだろう⇒ 「『インターネットXファイル』(オークラ出版)原稿(96年7月)nozomi Ohmori SF page)」 「630事件二周年MOROBOSHI Tomorou's 3rd HomePage)」 「ByeByeBowWowMOROBOSHI Tomorou's 3rd HomePage)」 「インターネットにおける自発的コミュニティの形成,特に Web 日記に関して」 「日記才人の裏歴史
*5:後の『日記才人』。2007年に稼動停止。
*6:2007年にシステム障害発生。2008年に稼動停止。
この2つのサイトの終わりは古くからインターネットを見てきた人間に1つの時代の終りを感じさせた。

◆コンテンツの多様化

 インターネットが普及していき、色々な背景をもった人がインターネットの世界に入ってくることになった。 そしてインターネット上のコンテンツが多様化していった。例えば、絵が得意な者はイラストを公開し、プログラムが得意な者はソフトウェアを公開し、 文が得意な者は文章を公開した。文が得意な者が立ち上げるサイトの代表的なものとして「雑文サイト」があった。
【雑文サイト】
 雑文サイトとは文章のジャンル的に定義すると「随筆・エッセイを公開しているサイト」のことである。雑文サイトを派閥として見てみると1995年に開設した『雑文館(*7)』が中心となったサイト群のことである。 雑文サイトの醍醐味は「ふと、たまたまサイトに立ち寄った人が前提知識無しに読んでも面白いと思えるような、一話で完成された文」である。 代表的な雑文サイトとして『雑文館』の他にATSUYO’S HOMEPAGE みや千代日記補陀落通信 それだけは聞かんとってくれ鉄血くだらな帝國 大西科学(*8)』どーでもいいコトを真剣に考えてみよう 森で屁をこく等が挙げられる。

*7:2000年に更新停止。その後消滅。
*8:2006年、『大西科学』のジャッキー大西氏は、サイトで公開した雑文を元にしたライトノベル「ジョン平とぼくと(GA文庫)」を著した⇒「GA文庫:新人情報局; 大西科学さんインタビューGAGraphic)」
雑文サイトについては次のページが参考になる⇒「歴史Lepton's world)」 「エレメモ | 『雑文祭』年表エレメンタルノート -elemental note-)」 「雑文祭書庫

 まず「雑文館」ありというのは動かせないでしょう。今はなき新屋さんのサイト。ここで雑文の面白さに目覚めた人も多いかと思います。ここは、1996年あたりからの稼働でしたっけ。実際にはその前にパソ通時代というのがあって、新屋さん、おがんさん、みやちょさん、ぽいうさん(当時のハンドルネームはマジン)、といったところがニフティで「いかに面白い文章を書くか」というのに精進していたらしいのです。同じ頃、ニフティの違うフォーラムでは、田口ランディが大口叩いていたんですよね。私が小説を書くなら、このへんを面白おかしく書いてみたいなあ。
 私が「雑文館」をはじめて見たのは、1997年ごろでしたっけ。仕事がらみで検索していて、「がんばれ!ゲイツ君」というパソコンサイトのリンク集から辿っていった「ひまわり戦記」がはじめでした。そこで、「ああ、ネットでもこんな面白い文章を書く人がいるのか」と、新屋さんはじめ、新屋さんのリンク集からどんどんと雑文サイトを追いかけて。
 雑文界の最初は、いまの日記才人の前身である「日記猿人」にある、ということでいいのでしょうか。そのころ日記猿人には、新屋さんはじめ、みやちょさんの「みや千代日記」、うえださんの「補陀落通信」などが存在していました。まあ、この三人が雑文御三家でしょうか。
 御三家に影響されて、雑文を書き始める人が徐々に増えてきました。「それだけは聞かんとってくれ」のkeithさん、「大西科学」のジャッキーさん、「どーでもいいコトを真剣に考えてみよう」のにょしかわさん、あたりが第二世代でしょうか。このへんの人物によって、伝説の第一回雑文祭「ある朝突然に」が開催されたんですよね。あれはびっくりしました。
 このころ、雑文サイトの多くは、リードミーに登録していたのではないかと思います。日記猿人から離れて。ところがそのころから、リードミーの上位がエロサイトとゲーム系ニュースサイトに占拠されてしまったんですよね(そのころはまだネット系ニュースサイトというものはなかった)。そんなわけで雑文サイトの多くはリードミーを離れ、新屋さんがやっていた登録型の「勝手にリンク」、その発展系の「オフィスの友」に参加したのではないかと記憶しています。私のサイトの「オフィスの友海賊版」は文字通りそのパクリです。
 さらにここから派生して、雑文サイトがいっきに増えたのが1998年ごろだったと思います。keithさんの後輩である「森で屁をこく」の louさん、貧乏ミュージシャンが売りだった「破竹の勢い」のいっしょうさん、文章の破綻しかたがすばらしかった「203号室」のやかたさん、などなど。
 むろん、この流れとはあまり関係ないところでも雑文は動いていました。もっとも大きいのは「我が妻との闘争」で有名な呉さんのアミーゴ人脈でしょうか。「MICK WORLD」のMICKさん、「湘南から元気倶楽部」の静炉厳さんなど、こちらも多士済々。独立系では「もんちゃんのKnowみそ」も見逃せません。

くだらな日記(2002年9月)旧鉄血くだらな帝國

3.1997年~1998年 ― 原始テキストサイトの誕生

サイトの開設年月

1996年7月

『ハイパーノイヅ』

1996年11月

おたくウィークリー』 『SHIFT

1996年?

『ハッピーハッピーうさちゃんまつり'67』 『WORLD 9-1』

1997年1月

『HEY BULLDOG(ホソキンズ ルゥム→)』 『ヒラリーマン随筆日記

1997年2月

糞藝研究所

1997年3月

『ono*8』

1997年6月

『コヨーテ(ペヤンゲ→)』 『04』 『テキスト王(工藤圭のなかなか楽しいページ→)』

1997年8月

『"FUNNY" GAMER'S HEAVEN』 『ウガニク』 『ヤングオデオン

1997年10月

outdex

1997年11月

俺とパンダ2俺とパンダ俺とパン工場→)』 『湘南 から元気倶楽部

1997年?

クリアラバーソウル(kicking noise kooky→)』

1998年3月

『A_prompt.』 『A → Z』

1998年5月

『山本総翼右ムェゲ』 『Acid overdrive』 『HEXAGON』 『オトノチカラ

1998年6月

『カクエガク』 『狂いキノコ』

1998年8月

『おとなランチ』

1998年9月

兄貴の館』 『偽黒武堂の三国志探訪

1998年10月

ぴこていこく大(仮名)帝国→)』 『偽黒武堂の三国志探訪』 『G-LABO

1998年11月

『絶望の世界』

1998年12月

無題

1998年?

『S*e』

◆ゲーム系テキストが人気に

 「テキストサイト」の起源を語ると『"FUNNY" GAMER'S HEAVEN』の名が必ず出てくる。 だがその前に、紙媒体の2つの連載に触れなければならない。
 1995年、「ゲーム批評」の1995年9月号において、がっぷ獅子丸氏の「悪趣味ゲーム紀行」が始まる。 この「悪趣味ゲーム紀行」は名作ではなく変なゲームに対し、非常にぶっちゃけた批評を行うことで人気になった。 1996年7月、「ユーズドゲームズ」創刊。そして白川嘘一郎氏の「バカゲー専科」が連載開始。 こちらも人気となる。こうしてゲームに「バカゲー」「クソゲー」という新たな評価軸が生まれた。そしてこの流れがウェブにも来るのである。
 1996年11月、岡田斗司夫氏が編集長のウェブマガジンおたくウィークリーが始まる。 この「交錯するオタク情報を初心者からディープなユーザーにまで届けする、オンライン週刊誌」の プレ創刊3号(1997年1月)から始まったクソゲー論評が阿部広樹氏の「俺はくそゲーハンターだヨ!」である。 さらに阿部氏はクソゲー論評本「超クソゲー」を著し、自らのサイト『A.prompt』を立ち上げた。 この『A.prompt』はDOSプロンプトを真似た黒背景なデザインに、文章のところどころでフォントの色・サイズ変える「ABC体(ABC文体、ABC文調、ABC文法)」と呼ばれる特徴的な文体を用いていた。 この文体が後の「フォント弄り」となっていく。 そしてクソゲー論評が大人気となったもう一つのサイトが『"FUNNY" GAMER'S HEAVEN』であった(*9)。
 クソゲー論評とは、「ダメなゲーム(さらに話を広げてゲーム業界)を別の視点から見ることで新たな発見をし、それをネタに面白文章を作成する」ということ。 そしてクソゲー論評を読み、はまった人が 「日常を別の視点から見ることで新たな発見をし、それをネタに面白文章を作成する」という、後の「テキストサイト」を作っていくことになる(*10)。 この頃のゲーム系文章サイトとしては『A.prompt』『"FUNNY" GAMER'S HEAVEN』の他に、 『パワートダイ(のゲーム業界残酷物語)』糞藝研究所 『山本総翼右ムェゲ』兄貴の館『神聖バカゲー騎士団』execute &h0000等が挙げられる(*11)。

*9: テキストサイトでは「影響を受けたサイト」として『"FUNNY" GAMER'S HEAVEN』を挙げてくるサイトが多い。 他に『ろじっくぱらだいす』や『侍魂』を挙げてくる場合もあるが、この2つのサイトは『"FUNNY" GAMER'S HEAVEN』の影響を受けている⇒ 「エッケ・ホモ! これがメガヒット級の個人サイトだ」 「テキスタイルポップ//インタビュー#24 ろじっくぱらだいす」 「ASCII.jp:ろじぱらのワタナベさんに聞く、テキストサイトの可能性|古田雄介の“顔の見えるインターネット”」。 実際に「影響を受けたサイト」が解るものとしてはサイトや書籍でのインタビュー記事の他に「テキストサイト管理人に100の質問」というものがあって、この中に「影響を受けたサイトを教えて下さい」「尊敬しているサイトを教えて下さい」 という質問がある。私のほうで「現存する「テキストサイト管理人に100の質問」回答リンク集」というものを作ったので、興味がある人は見てみるといいだろう。
*10: クソゲー論評がテキストサイトの原点の1つであるというのは、クソゲー論評の定義を少し変えてみると解りやすい。 クソゲー論評とは「ダメなゲームを別の視点から見ることで新たな発見をし、それをネタに面白文章を作成すること」 と書いたが、この「ゲーム」を「人間」に置き換えてみると、 「ダメ人間(である自分)を別の視点から見ることで新たな発見をし、それをネタに面白文章を作成する」となる。 これはまさに痛い系テキストサイトそのもの。
*11: クソゲー文章に関しては『デスクリムゾンリンク集 ~せっかくだから俺はこのリンクを選ぶぜ~』も参考になる。

強弱を表現するためのフォント弄り

 どの様なものかを文で説明する前に、実際の物を見てもらうほうが解りやすいため、引用する。

3月 6日
 ちょっと暇になってきたので、前から作れ作れと言われていたホームページを作成する事にした。
 日記を毎日つける事により文章能力の向上を図り、いずれはコラムニストとして大成しウハウハの人生を歩もうとか、この日記を読んで感動した超大手ゲーム会社の社長が是非役員待遇で我が社にとスカウトに来るのを


「いや、御社にはY岡という男が勤務していますので辞退します」

等といってかっこよく断る自分の姿を妄想して悦に入りつつ作成開始・・・・・・。
 結果、ホームページ作成はめんどくせぇということを学習する羽目になった。ひとつ勉強になった。 というわけで、皆さんよろしく

Diary 98年 3月A_PROMPT(復刻版)

 上記引用は『A_prompt.』が開設して一発目の日記である。黒背景に基本白文字だが、強調したいところを白以外の色にし、さらに拡大している。 このようにして、文章に強弱をつける技法がフォント弄りである。 黒背景にメッセージは白あるいは緑、重要なメッセージは目立つ色にする(高輝度メッセージ)というのはコンピュータの世界では昔から行われていたことであり、 それを個人サイトの日記に応用することもインターネット初期から行われていたことだが、一気に広めたのは クソゲーハンターABC氏であることから「ABC体」「ABC文体」「ABC文調」「ABC文法」と呼ばれた。。

 実はいまABC系とか言われているHTML操作系日記は、俺がいきなり発明したもんではありません。
 文体としては、東海林さだおや戦前の講談なんかから脈々と続き、70年代から80年代に入って宝島なんかで一気に整備され、その後ログインで爆発して他のゲーム系雑誌のバカ記事の原型へと発展していった文章漫談そのものです。
 それに、他のサイトでぼちぼち使われはじめていた文字強調や色替えなんかを取り入れたにすぎません。

Diary 99年 4月A_PROMPT(復刻版)

◆コジャレ系

 1997年~1998年の文章サイトでは、特に人気があったジャンルとして先の「ゲーム系」の他にもう一つあった。 それは「コジャレ系」と呼ばれるものである。 「コジャレ系サイト」の大きな特徴は2つ、それは「デザイン」と「サブカル(オタク)」になる。

コジャレ系 :無理に要約すれば「文章やデザインがちょっと洒落ているサイト」。特徴としては、フォントが小さい・HNがカタカナ・BBSがライトデザインなどといったあたり。現在のライト系につながる。

テキスト系用語集 か行esquisse

 ちなみに、私がサイトをつくって作文するようになったのは1999年4月ごろのことであり、それからたかだか2年と少しの歳月が経っただけである。にもかかわらず、その短期間で周囲をとりまく環境は確実に変化している。
 当時は「コジャレ系」と呼ばれるサイトの全盛期であったように思う。カタカナのサイト名、入り口としての役割しか果たさないindexページ、原色を否定した色づかい、やや小さめのフォントサイズ、オタク風サブカルチャーによる味付け、日常性ではなく思想性を打ち出した日記――そういった特徴を持つコジャレ系サイトは、個人テキストサイト界隈を席巻していた感があった。

エレメモ(エレメンタルノート

コジャレ系というのは当時のインターネットでよく使われた表現であり、同時に非常に定義が曖昧な表現でもあった。僕の持論は、当時から最先端のデザインを追求していたウェブマガジン「SHIFT」がまずあり、その元スタッフによる個人サイト「world9-1」のデザインに影響を受けたサイト群がコジャレ系であるというものだ。ただ、そのうち「コジャレ系のサイトとリンクしているサイトがコジャレ系」というネットワーク説が強くなってくる。こうなってくると初期の定義はもうグダグダだ。コジャレ系はなぜか東京、名古屋、福岡が熱かったという不思議な地理性があったことも付け加えておこう。

ネット幸福論 第十三回(MouRa)

 「コジャレ系サイト」の発生を語るには、まずSHIFTというサイトを説明しなければならない。『SHIFT』は1996年11月に創刊した「e-zine(電子雑誌)」である。 内容としては「サイトレビュー」があり、 「ART(担当:Chibashi氏)」「FASHION(担当:Z.A.K.氏)」「MUSIC(担当:Kyota Hamaya氏)」「X-girl(担当:AKO氏)」 「OTAKU(担当:Tomotaka Nagata氏)」「OTHER COOL JP(担当:Takehito Oguchi氏)」「WORLD(担当:Satoru Tanno氏)」とジャンル分けし、それぞれ担当が探してきた お勧めサイトを紹介するというものであった。

"ABOUT SHIFT"
 SHIFTは、日本のウェブカルチャーを、日本のネットサーファーはもちろん、バイリンガルで紹介するオンラインマガジンです。 月1の更新で、日本のクールサイトをジャンル別に35サイト、世界のサイトを5つ紹介していきます。
 大型のサーチシステムでは、サーチしきれないようなサイトをフォローするべく、個人で情報を発信するサイトの水路として機能してくことと、日本のリアルなカルチャーを紹介するのが目的であり、それがSHIFTの目指すところです。

About SHIFT(SHIFT)

 当時はエヴァンゲリオンが社会現象になっており、『SHIFT』でも「vol4(1997年3月)」にて「エヴァンゲリオン」特集が組まれた。 この「vol4」にて「加熱するエヴァ人気を体感するために、嘘エヴァページをでっちあげているサイトある」として紹介されたのが、当時カウンターがまだ800しか回ってなかった『ハイパーノイヅ』である。 この後『ハイパーノイヅ』は「新世紀エヴァンイミダス」が雑誌で取り上げられ、2ヵ月後にはカウンターが10000を突破するのだが『SHIFT』で紹介されたときはまだ弱小サイトであった。
 洒落たデザインである『SHIFT』でサブカル(オタク)のサイトが紹介され、やがて洒落たデザインとサブカル(オタク)が結びついた「コジャレ系サイト」が現れることになった。 『ハイパーノイヅ』の他に『SHIFT』に取り上げられたサイトとしてはoutdex『ペヤンゲ』ヤングオデオン等が挙げられる。
 数多くのサイトを紹介してきた『SHIFT』、そのうち「OTAKU」を担当していた永田氏のサイトが『WORLD 9-1』である。 『SHIFT』『WORLD 9-1』『ヤングオデオン』、そしてデザイナーであるオシモト氏の04、 これらのサイトは現在の視点で見ても洒落たデザインであり、多くの「コジャレ系」サイトの参考となった。 ただし、そのうち「コジャレ系のサイトとリンクしているサイトがコジャレ系」というネットワーク説が強くなり、 例えば『ウガニク』のような洒落たデザインではないサイトも「コジャレ系」と呼ばれるようになっていく(デザインとしてのコジャレ系から派閥としてのコジャレ系へ)。
 「コジャレ系」としては先にあげた『WORLD 9-1』『outdex』『ペヤンゲ』『ヤングオデオン』『ウガニク』の他に クリアラバーソウル『A → Z』 『Acid overdrive』HEXAGONオトノチカラ『カクエガク』『S*e』等が挙げられる。 その中でも『クリアラバーソウル』の桑島由一氏はライトノベル作家となり、代表作の「神様家族」はアニメ化され、『HEXAGON』のヤマグチノボル氏はこちらもライトノベル作家となり、「ゼロの使い魔」はアニメ化された。 大物を輩出した「コジャレ系」であったが、テキストサイトブームの前にはその多くが姿を消していった。

――そういった特徴を持つコジャレ系サイトは、個人テキストサイト界隈を席巻していた感があった。もっとも、コジャレ系を支えていたのは主に20代前半のウェブマスターたちであり、就職して時間がとれなくなるなど、それぞれの事情によってサイトは閉鎖され、また、コジャレ系の乱立によってマンネリ化が進んだこともあって、現在ではいかにもそれらしいコジャレ系は大部分が姿を消してしまった。

エレメモ(エレメンタルノート

コジャレ系のデザインに影響を与えたサイト

SHIFT

04

ヤングオデオン

◆『ホソキンズ ルゥム』によるサイト批評開始

 『ホソキンズ ルゥム(後のHEY BULLDOG)』は『Read Me!』に登録されているサイトの批評・紹介を行っていたサイトである。ただし、批評においては罵倒ともとれる記述が多かったため、幾つかのアンチサイトが発生した。アンチサイトとしては『キンタマ細田研究KAI』『ヘーイ!テリアとラブラドール』等が挙げられる。 評価が分かれるサイト(*12)である。

*12:良い評価としては膨大な『Read Me!』登録サイトを片っ端から見ていった、その功労に対して。 悪い評価としては罵倒に近い批評であったということ。 「レトロ・リンクNO-FUTURE)」の中ほどに 批評の一部が書いてある。ただし、サイトレビューというのは非常に難しいものであることも確かであり(例えば、一時期サイトレビューを行っていた『荒廃の歌』は「レビューを始めてから、あれだけ嫌いだった愛・蔵太さんが尊敬の対象になりました。「あんなん単なる罵倒してるだけの糞じゃねえか」と思っている人は、実際にサイトレビューをしてみましょう。あまりの不毛さに素で泣けます」 と語っていた)、『ホソキンズ ルゥム』をどう評価すべきなのかは悩ましいところ。

 インターネットの世界で、知る人ぞ知るページがある。サイト批評としては老舗と言ってもいい「ホソキンズルゥム」というページだ。個人運営のホームページを一刀両断にして、鋭い切り口で辛口批評するのが「売り」で、少し前までは1点から5点の5段階評価による採点結果も公表していた。

 一日に平均1000件の訪問者がある人気サイトである。

 当然のことながら、高い評価を受けたホームページの作者は気分がいいが、最低に近い評価を下された作者は不愉快な気持ちになるだろう。中には、怒り心頭に発して抗議メールを送ってくる人もいる。「無断で他人のページに対して評価を下すのは失礼ではないか」「頼んでもいないのに何の権利があって勝手に紹介するんだ」といった具合である。

 確かにここに掲載される批評は辛口で厳しい。しかし、少なくともこれだけは認識しておかなければならないことがある。インターネットでホームページを公開するというのは、世界中に情報を発信するということなのだ。

 いったんインターネット上でページを公開したら、どこでだれが見ているか分からない。不特定多数の人々に読まれることになる。そして、公開された創作物や著作物はさまざまな批評や評論、評価の対象になるのだ。そうした批評や評論は、原作者の意図とは無関係に、しかも一方的に表現される。著作物を公開するということは、実はそのような「覚悟」を伴うのである。

 公開ということで言えば、「ホソキンズルゥム」の批評対象は、読み物系ページを集めた「ReadMe!」というリンク集に掲載されているページである。このリンク集には、「自分の作ったページをみんなに読んでほしい」と考えるホームページの作者が、自主的に登録申請したものが掲載されている。不特定多数の訪問者に読まれることが前提になっているのだ。仲間内でひっそり楽しんでいるページが批評されているわけではない。

公開するということの「覚悟」~サイト批評ページ/上セカンドインパクト

 「ホソキンズルゥム」の作者は、出版社勤務の愛・蔵太(あいくらた)さんだ。蔵太さんが、このような「サイト批評ページ」を作ったのは、他人のホームページをこき下ろすためではなくて、本来の目的は、面白いホームページがあることを広く紹介したかったからだと言う。

 「面白いサイトがこんなにあるのに、なぜ自分のページよりもアクセスが少ないのだろうとの疑問からですね。もともとは、悪口を言うためのページではありません」

 サイト批評は蔵太さんにしてみれば、玉石混交のホームページの中から「原石を探すための作業」なのだ。

 もちろん、切り口鋭く短い文章でばっさり批評するから、反感を買うこともある。面白くないページに対する蔵太さんの批評は、本質を突いているだけに辛辣(しんらつ)で容赦ない。

 褒められたらうれしいし、けなされれば悔しいと思うのは人間として当たり前の感情だ。しかし、それが事実に基づいた「正当な評論」の範囲内であるなら、世間に公開した著作物についてあれこれと言及されることは、ある程度は覚悟しなければならないだろう。

 「自分のページをみんなに読んでもらいたいけれど、悪口を言われるのは嫌だというのは虫がよすぎる。それに、読んでいる100人が100人とも面白いだろうと思うことがそもそもおかしい。どんなものであっても、必ず何人かは面白くないと感じる人がいるのが普通ですよ」と蔵太さんは話す。

 ただ、一日のアクセスが平均1000件を超えるだけに影響力も大きい。蔵太さんの評価に一喜一憂し、呪縛されてしまう人もいる。他人の目を気にしすぎて、第三者による見方を自分の中で相対化できない人も少なくない。それで、批評されると怒り出す人も出てくる。

 では、批評のためのガイドラインはあるのだろうか。「人を傷つけるのが目的であってはならない。これがサイト批評をする際の基準ですね」。まったくその通りだと僕も思う。評論するには最低限の「愛」が必要なのだ。見ず知らずの他人をただ単にこき下ろし、罵倒して侮辱するだけでは、とても批評や評論などとは言えないだろう。

 もう一つの基準は、身内だけに読んでもらいたいと考えて個人が開いているホームページには決して言及しないことだという。人の家に土足で入って暴れ回るようなことはできないからだ。

 だから、ホームページの作者が、自分自身で登録申請する「ReadMe!」というリンク集に掲載されたページだけを、蔵太さんは批評の対象にしている。

「正当な評論」には愛がある~サイト批評ページ/中セカンドインパクト

4.1999年~2000年 テキストサイトの形、出来上がる

サイトの開設年月

1999年1月

猫を起こさないように』 『ろじっくぱらだいす』 『我思う、故にラーメン』 『たろたま(たろすけのたまご→)』 『ダイアローグ』

1999年2月

一流ホームページ

1999年3月

かメ人間』 『Otearai Web

1999年5月

『appendix』

1999年6月

犬ヨ(犬嫁→)』 『斬鉄剣

1999年8月

装填(N言語→ハピネスガン→)』 『東方千年帝国協会

1999年9月

かまくら』 『NO-FUTURE』 『みんなきてKOIKOI

1999年10月

黄髭児(黄漢升→黄瑠璃→)』 『アジア系』 『if→itself』 『LOGIC&MATRIX』 『コスモクルーズ

1999年11月

エレメンタルノート』 『裏MIZUHAの憂鬱

1999年?

『Line On』

2000年1月

『WEBSITE』

2000年2月

人間道場』 『エキスパートモード

2000年4月

POPOI

2000年7月

ナフ』 『えこのみっくぱらだいす』 『SCREAM*MACHINE(SCREAM*MACHINE→節足動物園→)』

2000年8月

-め組-』 『紐井亭(紐井屋→)』 『ESRP2(エスロピ→)』

2000年9月

ニガシオ

2000年10月

桃色核実験

2000年11月

『ダイラボ』 『九十九式(九十九式→六十六式→)』

2000年12月

『マフラー(現実逃避→)』 『梨華の時間』

2000年?

吉田が巨大な物を作ってますよ

◆『ろじっくぱらだいす』の登場と痛い系の活況 ―ゲーム系文章サイトの系譜―

 1999年1月21日に開設した『ろじっくぱらだいす』は最も成功したテキストサイトである。文章としては「お馬鹿ネタ系テキスト」である。 自虐ネタが得意であり、 本来恋人と一緒にいるはずのクリスマスイブに一人で怒涛のサイト更新をする非モテ系の祭典「クリスマス殲滅委員会」「クリスマス殲滅委員会2000」を行った。 「クリスマス殲滅委員会2000」は参加サイトが100を超える一大企画となり、その後「クリスマス特別更新」としてテキストサイトブーム後も『ろじっくぱらだいす』の影響を受けたサイト達によって続けられることとなる。
 そして『ろじっくぱらだいす』と『兄貴の館』を中心とした自虐ネタが得意なサイト群が「痛い系」である。 「痛い系」では痛いサイトの王者を決める「痛い度ランキング選手権」「第2回痛い度ランキング選手権」、あるいは「リレー801SS「学園天国」」などの企画が行われた。 代表的な痛い系として、『ろじっくぱらだいす』『兄貴の館』の他に、 一流ホームページ 紐井屋 裏MIZUHAの憂鬱 碑文 『全壊スピリッツ』大(仮名)帝国 もっと焚木を!G-LABO えこのみっくぱらだいす等が挙げられる。 「痛い系」では『"FUNNY" GAMER'S HEAVEN』の影響を受けたサイトが多いことを記憶に留めておくべきだろう。

◆ライト日記系 ―コジャレ系の系譜―

 「ライト日記系(*13)」サイトとは、「コジャレ系」のデザインを引き継いだサイトのことを言う。 すなわち「入り口としての役割しか果たさないindexページ」「原色をなるべく避ける、やわらかい色づかい」「やや小さめのフォントサイズ」等の特徴が確認できる(*14)サイトである。 他の特徴としては、サイトの開設当初から日記をメインコンテンツにしており、 その中で反響の大きかったものを別枠に切り分ける方式をとっていることが多い。 この方式は後のテキストサイトにおいてもよく使われることになった。 代表的なサイトとして、ドリフトウッド『マフィア』 九十九式ナフ 桃色核実験』等が挙げられる。

*13:「ライト日記系」サイトは1999年から現れたが、「ライト日記系」という呼び方が生まれたのは2001年。 初めは「ライト感覚日記系」という単語であった。単語の提唱者は『偽黒武堂の三国志探訪』のニセクロ氏。 氏によると「日記系概況<2001年度春-秋>」 にて使った「ライト感覚日記系」と言う呼称はあくまで仮称であった。 その後『九十九式』の「宇宙時代のテキスト系」において「ライト感覚日記系」が「ライト日記系」と短縮して書かれ、 「宇宙時代のテキスト系」が『ちゆ12歳』に取り上げられたことで「ライト日記系」という単語が定着したとのこと。 このエントリーのコメント欄を参照⇒「ライト感覚日記系について
*14:実際にサイトを見てデザインを確認したければ『ハントウメイ』が現存しており、かつ当時の状態がそのまま残っているのでよいだろう。

◆テキスレ立つ

 2000年8月27日、『2ちゃんねる』の「ネットウォッチ@2ch掲示板」に「■◇◆日記系サイトの裏事情◆◇■」スレッドが立つ。 スレッド名の通り、大手サイトの裏情報を書き込むことが目的のスレッドだったのだが、やがてサイト紹介が主目的となり「おすすめ・非おすすめ日記系サイト」に名称変更。 さらに「テキストサイトはここで語れ」に変わり、ここにテキスレが誕生した(*15)。その他には、あまり知られていない面白いサイトを紹介しあう「中堅テキスレ」や、 サイトごとのヲチスレ(主に脳死関連のサイト)があった。

まず、大手日記サイトの裏事情を語るスレとして「日記系サイトの裏事情」が誕生。第3弾の頃より、あまり有名ではない面白いサイトを紹介するという流れに。そして第4弾から「おすすめ・非おすすめ日記系サイト」と名前を変更。愛・蔵太氏降臨等により、レビューが流行。ただ、マターリ進行であった「裏事情」と比べ、自演や煽り罵倒の横行で荒れ模様気味となる。 第9弾辺りで、対象を日記系だけでなく、読み物系全般に広げようという機運が高まり、名前を「テキストサイトはここで語れ」に変更。多数のレビュアが登場してスレを盛り上げる。基本的に祭りはせずに別スレを立てるため、比較的マターリした展開で、一つの黄金時代を迎えることになる。 ネトヲチ閉鎖、再開を経て、テキスレ第5弾辺りからナフ周辺祭りが開催。それに嫌気の差した住民が各スレに散り、余儀なく縮小されることになる。まよ、信念登場の頃には相当荒れ放題となっていた。その後、話題は大手語りに回帰。反アクセス至上主義色が鮮明になっていく。その後、ニンジャワショイ、1・17事件。金子氏企画の「このテキストサイトがすごい!」支援という流れに。

テキスレ盛衰記(アルヲ)

 のちに、テキスレの話題を紹介する「テキストサイト系テキストサイト」が誕生することになる。

*15: 調査用に私が歴代テキスレへのリンクを作成しているので、スレの中身を確認したい場合は使うとよい。 ただし、完全に消失しており『Wayback Machine』にすら残って無かったものもある。 「テキスレリンク」 「中堅テキスレリンク

5.2001年 テキストサイトブーム

サイトの開設年月

2001年1月

侍魂』 『全壊スピリッツ』

2001年2月

万年筆ト雑キ帳迎賓館裏口→)』 『バーチャルネットアイドル・ちゆ12歳 』 『ミッシェルガンさしすせそ(@さだまさし→d.j.ペリカンマッチ→)』

2001年3月

『てらたま(てらたまテキストサイトニュース→)』 『碑文』 『オレイズム

2001年5月

『堕落誌』

2001年6月

もっと焚木を!』 『僕の見た秩序。

2001年7月

うーさーのその日暮らし(宇佐教授の無駄学研究室→)』 『777's LoopLight'sLoom』 『無情な日常

2001年8月

『BLACK徒然草』 『マクベスの魔女(戦意→デビロットに銃口を→ロックリンゴ!→)』 『- BlackAsh -』 『荒廃の歌』 『

2001年9月

『ちよ74歳』 『プラッチック』 『バーチャルネット一般人無双』 『ウロンのひとりごと

2001年10月

TBN』 『Numeri』 『ケルベロス

2001年11月

バーチャルマザーアイドル・秋子28歳』 『エルエル(ぺんぎんと~く♪→)』 『Wired Explorer』 『駒木博士の社会学講座

2001年12月

バーチャル2ちゃんねらー裕子』 『バーチャルネット微生物・みじん子0.3mm』 『ぺてんし(ビンからピクルス→)』 『アルヲメモ(アルヲの独り言→)』

◆『侍魂』の登場

 『侍魂』は2001年1月18日に開設したテキストサイトである。 『侍魂』が初めに注目を浴びたのは同年2月に公開した「ヒットマン事件簿」。「ヒットマン事件簿」とは健氏が「家の近くの公衆電話で鉄パイプ持った知らない人から今から殺しに行くと言われた」ときの話であり、これが『兄貴の館』で紹介され、話題となった。 「ヒットマン事件簿」は黒背景に基本白文字だが、ところどころにフォントの拡大&白以外の色を使うという、いわゆる「フォント弄り(ABC体)」の文章である。 『侍魂』は『"FUNNY" GAMER'S HEAVEN』でテキストサイトに目覚め、『斬鉄剣』の影響を受け、サイト開設を決意したと語っており、文章からもそれが読み取れる。
 同年3月、10000ヒット記念として健氏はテキストサイト界に伝説として記録される文を書き上げた。後に「先行者テキスト」の呼ばれたその文とは、中国のロボット「先行者」を面白おかしく紹介した「最先端ロボット技術」「最先端ロボット技術外伝」である。 「最先端ロボット技術」「最先端ロボット技術外伝」の特徴的な点は改行の使い方にあり、 人によっては一見無駄にも見える改行の連発によって、お笑いでいうところの「間」を作り上げた。 「強弱を表現するためのフォント弄り+間を表現するための改行」これが『侍魂』の文章である。『侍魂』の計算されつくしたテキストは読者の爆笑をさそい、サイトのアクセスはうなぎ昇り。 全盛期で一日25万アクセス。メールも一日数百来ていたという。2002年10月に通算1億ヒットを達成した。
 この『侍魂』の影響はすさまじく、第二の『侍魂』を目指すテキストサイトが大量発生した。

◆侍魂を作ったきっかけ
一番はお客さんを楽しませたいというのがあったんですけど、その他の理由で大きかったのは、「俺ってどれだけの価値があるんだろう?」っていうのを知りたかったんですよ。 俺の周りがみんな就職活動をする中で、俺は家業を継ぐんで就職活動をしないんですよ。みんな良い会社に入るために自分を試していくわけじゃないですか。それで、内定を取れれば、その会社に初任給分の働きをするって認められるわけですよね。その時点でそいつは月給○万の価値があるわけなんですよ。 で、周りが内定を取っていく中で「俺だったらどれくらいの会社まで受かるのかな?」っていうのを試してみたかったんですよ。フワフワとした連中の「自分探し」とか「自己発見」じゃなくて、もっとシビアに「俺はいくらぐらい稼げるのか?世の中にどれぐらいの価値を認めてもらえるのか?」って。

「侍魂」の健さんに聞きました! (All About Japan [笑えるサイト] )

 「先行者」を初めて見たのは、雑誌「サピオ」(2001年1月10日号)に掲載された最先端テクノロジーについての記事だった。 そのなかに「先行者」の写真が白黒で掲載されていた。これは面白い、絶対に人気を博すると直感した。あとは、このネタをどのように書くかということだ。
 最初は、台湾海峡で戦争が起こったという物語を書いた。中国から「先行者」が台湾海峡を越えて台湾に渡り、迎え撃つのはアメリカのイージス艦と日本のソニー製ペット型ロボット「アイボ」で、 「アイボ」が「先行者」の股間にある中華キャノンに噛みつく、そんなストーリーだった。
 しかし、どうもしっくりこない。そこで逆にシンプルに書き込んでいった。 まずロボット技術をコミカルに紹介し最後にブリキのオモチャのような「先行者」の写真を掲載し、「追いついてない、ちっとも追いついてないよ」というツッコミを入れて落とすのだ。これが成功した。

第1章 ネット史上初の大ブレイク日記(金田善裕著 個人ホームページのカリスマ)

間を表現するための改行

 どういったものか説明する前に、実際の物を見てもらうほうが解りやすいため、引用する。


ある国がロボット技術の最先端をひた走る

我が日本にライバルとして参戦してきました






それは




中華人民共和国





4000年の歴史を持ち

12億の国民を従える超巨大国家






今回報じられた内容を紹介しよう







中国湖南省の長砂国防科学技術大学で

中国初の人間型ロボットを開発に成功




説明によると名前は



先行者




高さ1.4メートル 重さ20キロ

頭部 目 首 胴体 腕 足



人間と同様のパーツを持ち

さらに基本的な言語能力まで備えている
と言う






中国政府直属の国防科学技術大学で開発された

まさに中国最先端技術の結晶である











これを報じた新華電社はこう言い切りました










先行者の開発により中国のロボット技術は日本の本田、ソニーのライバルとして最先端の先進国レベルに追いついた!!









さぁ中国政府の切り札


「先行者」の登場です!!








先行者




















追いついてない





ちっとも追いついてないよ














さすが中国人

国をあげてオチ付けなくても良いのに

愉快な国ですまったく





俺もこういうの作ったことあります





夏休みの工作でな


最先端ロボット技術侍魂

 上記引用文はテキストサイトブームのきっかけになった『侍魂』の「最先端ロボット技術」、その一部である。この文は文字数にして411文字なのだが、その中には「172個」もの改行タグが使われている。 この改行によって一文、一文の間に時間的間隔を空けさせる。それは会話における「間」と同じ。『侍魂』が巧みだったのは、この改行の使い方であった。

IW:「侍魂」のテキストは、独特な文体です。一般的に、してはいけないと言われる無駄な改行などが、さらに笑いを増幅していると思いますが?
健:「アンチ侍魂」を掲げる人などに叩かれることはあります。でも、伝統的なテキストオンリーのページは、伝えたいことがたくさんあって、論理的にきっちり構成できる文章には向いていると思いますが、侍魂のように「ぱっと見て気軽に笑える」文章を書くためには、演出は必要だと思います。改行で間をあけるやり方は、まさに会話における間の取り方と同じ。ネタの文章は完成していても、この「間」の計算に時間がかかってしまいます。

エッケ・ホモ! これがメガヒット級の個人サイトだINTERNET Watch

 それまで日本のインターネットの歴史で、個人の日記や読み物のホームページが一日一万人の訪問者を呼ぶことはなかった。 「侍魂」は、ホームページを作ってわずか二ヶ月でその歴史を書きかえてしまった。
 それは偶然でもなく、幸運でもない。数多くの読者を獲得するホームページには、作者の工夫や努力がある。
「あんまり活字を読まない人でも、あっさり読める文字量にするのが第一条件で、第二条件が、スパッ、スパッと歯切れよく落とす間です。 リズムよくあっさり読めるように、4コママンガ的に読めるようにしていったんです」
 一〇分もあれば読み終える量だが、その構成を考えるのに、一週間をかけたという。練りに練り上げられたテキストが、読者を引きつけるのだ。

第1章 ネット史上初の大ブレイク日記(金田善裕著 個人ホームページのカリスマ)

◆『ちゆ12歳』の登場(VNI系)

 2001年2月14日に開設したバーチャルネットアイドル・ちゆ12歳はオタク・サブカルネタが得意なテキストサイトである。 管理人である「ちゆ」を「バーチャルな世界にデータだけが存在する電波少女」とし、 「(バーチャル世界の住人なので)ゲップもしなければトイレにも行かない。理想的な新世紀のアイドル」と言い放ち、さらに サイトに描かれているちゆのイラストを「(バーチャル世界の住人なので)イラストではなく写真である」 というぶっとんだ設定に、サイトデザインはピンク色。一見すると電波サイトである。 しかしテキストの内容は実力派。濃いオタク・サブカルから政治までこなすという持っているネタの多さとそれを面白文に加工する技術に長ける。『裏ニュース』『TECHSIDE』『ムーノーローカル』からのリンクにより一躍有名となった。 そして『ちゆ12歳』と同じサイトデザイン(ちゆフォーマット(*16))を用いた「量産型VNI」と呼ばれる模倣サイトが大量発生することとなった(*17)。 代表的な量産型VNIとしては『ちよ74歳』『バーチャルネット一般人無双』 TBN バーチャル2ちゃんねらー裕子 バーチャルネット・ラウンジャーもなみ9歳 バーチャルネットAA描き・チェき14歳 バーチャルネットストーカー・ヨシミ22歳 等が挙げられる。なお、「VNI四天王」という言葉があるが、これは『ちゆ12歳』と量産型ではないVNI 777's LoopLight'sLoom ウロンのひとりごと の4サイトを指す。

*16: ちゆフォーマットの元祖は『ちゆ12歳』であるのは言うまでもないが、実は『ちゆ12歳』にデザインがそっくりなサイトがあり、開設は『ちゆ12歳』が登場する前である。それが2000年12月開設の『◇浄土真宗親鸞会について考えるページ◇ジャンヌ』。 次の文章も参照⇒『教科書には載らないバーチャルネットアイドルちゆ12歳の歴史(ラブラブドキュンパックリコ)』 『教科書には載らないバーチャルネットアイドルちゆ12歳の歴史、補填版(ラブラブドキュンパックリコ)』
*17:次の文章を参照⇒ 『教科書には載らないVNIの歴史ヽ(´ー`)人(´ー`)ノ無料HPスペース娘・じおこ13歳)』 『VNI年表(バーチャルりあるネットアイドル 俺29歳)』。言うまでも無いことだがこれらにのっているサイトは量産型VNIの極一部。 2003年に作られたVNI勢力図というものもある。 ちなみに勢力図に書いてある「ディスク峠の会戦」とは、 『ゆり☆にゅーす』が「やえ十四歳ディスク」を「もらってはみたものの、使い道がないCD-R」として、 エロ絵データを「やえ十四歳ディスク」に書き込んで『一般人無双(芹香)』に上納し、 受け取った『一般人無双』は「使い道のないやえ十四歳さんのディスクを有効活用してくださってありがとうございます。やえさんも草葉の陰でさぞ喜んでいることでしょーさ。ハハハ。」 と語ったことが、『やえ十四歳』に対する罵倒なのではと「VNIヲチスレ」で小さな論争になったことを言う。

◆テキストサイトブーム ― テキストサイトの活況と模倣サイトの大量発生

 『侍魂』と『ちゆ12歳』の登場はテキストサイトを知らなかった人にテキストサイトの存在を知らしめた。 大量のアクセス数を誇るこの2サイトと一足先に有名になっていた『ろじっくぱらだいす』。この3サイトに引きづられる形で他のテキストサイトもアクセス数が増えていき、 テキストサイト界に好景気が訪れるのである。そして、第二の『侍魂』、第二の『ちゆ12歳』、第二の『ろじっくぱらだいす』を目指す模倣サイトが発生した。「読者の急増」と「サイトの急増」、こうしてテキストサイトブームが訪れた。

 「『侍魂』『ちゆ12歳』『ろじっくぱらだいす』のように注目を浴びたい」

 『侍魂』の模倣サイトは『侍魂』と同じように「フォント弄り&改行」を多用し、『ちゆ12歳』の模倣サイトは『ちゆ12歳』と同じサイトデザインを用い、 『ろじっくぱらだいす』の模倣サイトは自虐系日記を書いた。 しかし、模倣サイトの多くは『侍魂』『ちゆ12歳』『ろじっくぱらだいす』のように面白い文を書くことが出来なかった(*18)。 「フォント弄り&改行」の真の意味を理解せず、形だけ真似した文。知識がないのにサブカルネタ。自虐系日記を書いても自分だけ身内だけが面白いと感じる文。
 ある程度の文であれば義務教育で書かされていることもあり、経験がある。だから「テキストサイトであれば自分にも出来る」、模倣サイトそう思ったのだろう。 しかし、そうではなかった。面白い文を書くにはセンスや知識が必要、しかもほぼ毎日更新しなければならない。 テキストサイトは一見簡単に見えて実は難易度が高く、多くの模倣サイトは模倣元のように大人気になることはできなかった。大人気どころか弱小サイト止まりであった。これはサイト管理人本人の能力の問題である。
 しかし、一部の人はそれを認めることができない。それを認めてしまうことは自分を自分で否定することだから。ここにスキがあった。 このスキをついたのが「アクセス至上主義」である(*19)。

*18: 言うまでもないことではあるが、もちろん模倣サイトのなかにも良質なサイトは存在する。ただし少数であった。
*19: 発生過程についてはこちらにも書かれている⇒アクセス至上主義発生過程またたびきゃんぱす

「まずは、サイトの構成からだね。僕はテキストサイトを作りたいから、出来るだけ軽くシンプルな構成にして…」
「ちょっと待て。ここはニュースサイトにしておけ」
「へ?何で??僕は、テキストを書きたいんだけど」
「ニュースサイトでもテキストはかける。Hit数を稼ぐのに重要な要素として、『安定して面白い話題を提供する。毎日更新が望ましい』。『色々なサイトにリンクされる』のなどがある。これらの要素はテキストサイトよりもニュースサイトのほうが満たしやすいのだよ」
「僕は、テキストの溜め込みもあるし、内容にも自信があるよ。だからテキストサイトでいいじゃない」
「そこが甘いんだよ。ほとんどの大手日記サイトは、最初こそ質の高いテキストと素早い更新頻度で一気に注目を集めていたが、数ヶ月もすると、クオリティも更新量も目に見えて衰えてくるだろうが。ほとんどの大手テキストサイトってのは「笑い」を中心として人気を集めている。だが、「笑い」というのはあまりにも感性に依然する部分が大きい(だから、才能が重要なんだ)ために、あっという間に才能が消費尽くされちまう。漫画界には『ギャグ漫画家は2年で潰れる』という格言があるのもそのためだ。月刊や週間で書いてるプロが2年足らずで才能が枯渇してしまうのならば、毎日のように更新を繰り返す素人があっという間に才能がなくなるのは自明の理だろう?」

ニュースサイトの作り方2(荒廃の歌)

 VNI、特に「ちゆ12才」が雑誌ネットランナーで紹介された直後あたりでしょうか。その独特のスタイルがウケたのでしょう。ちゆフォーマットは勿論、その他の似たようなスタイルのVNIフォーマット(おこめ型とか)をそのまんまパクったVNIサイトが雨後の竹の子よろしくニョンニョンと生えました。それらは「量産型VNI」と呼ばれます。(ちなみに「他称VNI」という分類もあります)

 ページタイトルは「バーチャルネットアイドル○○(名前)△△才」というのが基本です。その構成も「ちゆ12才」にならい・・・ってかそのページソースをまんま流用したものがほとんどです。(これは本家「ちゆ12才」への敬意でもあったようです)
 内容はやはり本家同様「日々のニュースネタ」「おたくネタ」「日記」といったモノがほとんどです。実に取っつきやすいです・・・

 ・・・という勘違いがあったのでしょう。
「お前らは日記をナメスギだ。アーメン」


 日記サイトは大変なんです。人気のある日記サイトは基本的に更新頻度がおっそろしく高いです。ほぼ毎日です。しかも書けばいいってもんではなく面白いものを書かなければいけないのです。そうでなければお客さんはあっさりと離れていきますから。

 それら雨後の竹の子サイトの多くは、開設当初は本家かつ超大手「ちゆ12才」や他量産型VNIサイトとの密なリンクでアッと言う間に数千のアクセスを稼いでいました。いいなぁ、と思いながら僕はあちこち見て回りました、ヒマなヤツです。そしてすぐそれら量産型のほとんどが廃れる(というか制作者が保たない)だろう、とも思いましたが・・・。
(ミナサン、飛ばしすぎだったんです)
(だから取っつきやすいけど扱いが実は難しい毒舌などに走ったり)
(雑誌ネットランナーで「3日で作れる人気サイト(だっけか?)」とかって記事が載った頃が限界だったようです)
(明らかにつまらないネタに過敏反応して延々それを弄るのは読者が見えていない証です)

 そんなワケで。一時は日に六っつ以上の新VNIサイトが発生したりしてましたが。その後はそれに勝るイキオイで更新停止、消滅していきました。アルジャーノンに花束なチャーリーの脳の弱まり具合の様でした。

 特にアニメ「KANON」をメインのネタにしていた「秋子28才」がアニメ終了と同時期に有終の美を飾った後。精神的支えを喪った様にバタバタ倒れていく量産型。そんな中でも賢明に己のペースを模索するVNIや仕切りなおしてオリジナルサイトとしてやり直すページがあったり・・・。

 結局ちゆ量産型は本家「ちゆ12才」のイキオイを利用しようとしたけど逆にイキオイに付いていけなくなった、と僕は見ています。背負った看板が重すぎた、というか・・・。僕は自分の中ではそれを呪いといってますが。えーっと、分かりやすく言えば~。

 ジムはガンダムを元に造られました。
 でもジムはガンダムじゃないんです。
 どうやったってガンダムにはなれないんです。
 ジムにはジムの戦い方があるんです、それを模索すべきなんです。
 それを端折ってガンダムの戦い方を参考にしちゃいけないんです。
 ジムをガンダムの様に扱ったって機体各部に無理が生じるのが当たり前なんです。

VNI。(ぷち大黒堂)
なお、この文は『教科書には載らないVNIの歴史ヽ(´ー`)人(´ー`)ノ』にある、 「量産型VNIはちゆを元に造られました。でも量産型VNIはちゆじゃないです。量産型VNIは量産型VNIの戦い方があるんです、それを模索すべきなんです。」の原文である。

◆『斬鉄剣』vs『無題』

 『侍魂』活躍の恩恵を一番に受けたのは『斬鉄剣』であろう。『斬鉄剣』は「ランク制リンク制度事件(*20)」によって影響力を失い、更新停止となっていたが、 『侍魂』が「『斬鉄剣』から影響を受けた」と語ったことで『斬鉄剣』は影響力を取り戻した。 2001年3月、『斬鉄剣』復活。しかし、一部のサイトは『斬鉄剣』が過去に行ったことを忘れていなかった。 同年4月、『斬鉄剣』に罵倒されたことのある『無題』が『斬鉄剣』の復活に気づく。

4月16日 (月)
■斬鉄剣がひそかに復活してるぞ! 気をつけろ! (←なぜパクリ?)
しっかしこの男、相変わらず自分棚上げ芸の達人だなァ。ヘタレの分際で語るなよ。たとえナミ様が忘れようと無かったことにしようと、私は忘れませんよ? 斬鉄剣の過去の所業は。

卯月(無題

 こうして『無題』は斬鉄剣批判を開始。『斬鉄剣』が言及したことに対し、次々と反論を展開した。 このことが原因で『斬鉄剣』と『無題』は揉め事の火種を作っていき、「1・17事件」に繋がっていくことになる。

■私と斬鉄剣の関わりを述べれば、斬鉄剣が私の掲示板にリンク報告をしてきたのが最初のきっかけ。
んで、リンクしてくれたんならってことで特に何も考えずに相互リンクに。もっとも、あんまり面白いサイトじゃなかったので、「斬鉄剣風に言うなら『と金』かな?」(注:「と金」は斬鉄剣のランク制リンクの階級)…というコメントをつけた所、気に入らなかったのかなんかいろいろ言及されたりした。
で、その後まるるん事件と並行して斬鉄剣ランク制リンク事件が勃発。そこでの場当たり的にコロコロ変わる対応や、ログさえ残らないんだったら何言ってもいいや的な言動、嘘臭い上辺だけの綺麗事連発の謝罪にうさん臭さを感じ、まるるん事件の資料として入手したチャットログを読んで、斬鉄剣に対する疑惑と嫌悪が決定的に。ICQに登録して会話を試みるも、速攻無視リスト行きを喰らう。(チャットで斬鉄剣をQ登録している人間複数で照合した結果なので確かな事実。「無視リスト行きはねーだろ」って突っ込んだら、「そんなことやってません」って強弁された。嘘つき)
その後、斬鉄剣とは距離を置いていたのだが、斬鉄剣の議論掲示板なる場所でくぼ様が遊んでいたので、私も参加。…してみた所、あっさりと「ここは議論ゴッコをする所です!」って悲鳴を上げて、議論掲示板閉鎖。
そして、ランク制リンク以降、各サイトに総スカンを喰らって日記系に居られなくなったナミ様が斬鉄剣を閉鎖。その後こっそり立ち上げた、「至誠天ニ通ズ」というサイトのテキストで、名指しもリンクもせずにあてこすられ罵倒されるという屈辱を受けたのをきっかけに斬鉄剣と本格的にやり合うことを決意するも、ほどなく新サイトも閉鎖。怒りのやり所を失う。
…と思ったら、「侍魂」ブレイク現象に乗っかって、「あの侍魂が影響され師と崇めるサイト」として、どさくさに紛れて復活。過去のことを無かったことにして(一応テキストで過去について言及して反省しましたって態度取ってるけどあんなもん嘘っぱちだ)、侍魂以降の素人相手に「伝説の名サイト」扱いされ、権威として君臨。信者やシンパが多数増殖し、超大手サイトとして影響力を持ち出す。そして、その権威を武器に自分好みのサイトを掘り出しアクセスを流し恩を売り、一大派閥を形成。「テキスト系のご意見番」として崇め奉られるというクソったれな状況が発生。
それで私は、「斬鉄剣」みたいなクソ外道が権威として崇められる現状は最悪だと思うので、この現状を打破すべく斬鉄剣批判を展開することとなった……というのははっきり言って建前であり大義名分。本当の理由は私怨であり私情であり義憤。即ち、個人的感情の産物。…なので、私の斬鉄剣批判はあんまりアテにしない方がいいです。

VS 斬鉄剣・1(無題

*20: 『斬鉄剣』には1999年10月に始めた「ランク制リンク制度」という、相互リンクの申し込みをしてきたサイトに対しランク付けしてリンクする制度があった。 『斬鉄剣』は相互リンクを申し込んできた、とあるサイトに対し「糞」とランク付けしトップページで馬鹿にした。これが「ランク制リンク制度事件」である。 この『斬鉄剣』の行き過ぎた行動に対し、他サイトから抗議の声があがったが『斬鉄剣』は謝罪というより喧嘩を売っているというほうが近い謝罪文をのせ、相手を挑発。 結果、斬鉄剣批判の声が大きくなっていき、相互リンクサイトは次々と『斬鉄剣』へのリンクを削除していった。 詳細については次の文を参考のこと⇒「皆も同じ事言いたがってたんだろ?」 「斬鉄剣のクサれた歴史

◆アクセス至上主義

 「アクセス至上主義」とはサイト運営においてアクセス数を最も重要視し、そのためには手段を選ばず行動する考え方のことである。 主に「侍魂以後」世代のテキストサイトに支持された。 アクセス至上主義の中心的サイトであった『堕落誌』(塾憂)は、自らが立ち上げた『アクセス至上主義WEBリング』においてこう書いている。

アクセスを求めること=格好悪い、という風潮を変えていきませんか。

アクセスが欲しいと思うことって全然普通です。理由なんていりません。

アクセスが増えて、管理人が嬉しいならそれでいいじゃないですか。

アクセスを楽しく増やしましょう。

アクセス至上主義WEBリング

 「文章を公開するからには多くの人に読んでもらいたい」そういう考え方が出てくることは自然である。 そもそも『侍魂』はアクセス数を重要視しており、 その子どもである侍魂以後世代がアクセス数を重要視するのは当然であると云える。 しかし、アクセス至上主義の場合はコンテンツの向上といった根本的な解決作の他に、「大手サイトにメールを送る」などの小手先な手法を用いた為、 他のサイトに迷惑をかけることがあり(*21)、非難の対象となった。
 アクセス至上主義の巧みだったところは、アクセス数が少ないサイトの原因を「テキストの出来が悪い(管理人の文章能力が低い)」よりも、「サイト運営のやり方、文章の公開の仕方に問題がある」としたところにある。 「侍魂以後」世代のテキストサイトには「自分も『侍魂』『ちゆ12歳』『ろじぱら』程度の文なら書ける」と思ってサイトを立ち上げた人が多いため、 「テキストの出来に自信をもっている」場合が多い。そんな彼らに「アクセス数が少ないのはテキストの出来が悪いから」と言っても聴いてもらえず、「アクセスしてもらうには、リンクをもらわないとダメ。リンクをもらう方法がありますよ。」 と言ったほうが支持される。アクセス至上主義は人の心の弱さを突き、一部から支持を受けた。

*21:2001年11月におきた出来事が有名。『堕落誌』はアクセス数を増やすために、自分のサイトの読者を使って大手サイトの管理人宛に『堕落誌』の推薦メールを送らせるという企画を行ったのだが、 メールが送られたサイトの1つ『LINE ON』は「他所に迷惑がかかるようなことは止めろ」と『堕落誌』に苦言を呈した。しかし『堕落誌』は黙殺。 その頃、『堕落誌』は「バーチャルネットアイドルマジカルゆみ11歳」の中で 「大手の人=人間的な魅力に溢れた人じゃないですから。たまたま運と偶然にちょっとした文章力が重なってアクセスを稼ぐようになっただけ。たまたま人より早く日記サイトを開設したという幸運に恵まれただけです。」と書いた。 これに対し『LINE ON』は「そういう自分は大手サイトのおこぼれアクセスを目当てにしていたのを忘れたんでしょうか。わかってんのか、塾憂。」とさらなる苦言を呈した。 『堕落誌』は開き直りととれる文で返答したものの、この『堕落誌』vs『LINE ON』の揉め事により『堕落誌』は各所から非難されるようになり、閉鎖となった。 詳細は次の文章を参照⇒「塾憂とLINE ON仁騒動 記録・検証サイト)」 「堕落雑~塾憂~ってウザイ

 先月の下旬に「個人ホームページのカリスマ」という本が発売されたのをご存知でしょうか?個人で運営されていながら膨大なアクセスを得ているサイト及びその管理人を紹介している本です。14のサイトが紹介されている中で、一番始めに紹介されているのが健さんの侍魂です。ボク自身はあまり健さんに対して興味を持っていないので、今まで彼のインタビュー記事等を読んだ事はほとんど無かったのですが、この本を読んで思った事が2つかあります。
 まず一つ目に、彼は侍魂を運営しようと思った動機が「自分の力でどれだけアクセスを集めることができるか試したい」というものであったという事です。これは侍魂の大ヒット後のアクセス至上主義につながる部分があるのではないでしょうか?侍魂に影響を受けてサイトを開設した人の多くが、アクセスを集める事を第一の目標としていた事の原因の一部がここにあるように思われます。

NIKKI LOGS 200206aYUMEGIWA LAST BOY

 アクセス至上主義と称されるものが何故批判を受けるのか。
 基本的には、そりゃアクセス数は多い方がいい。特殊な場合をのぞいては、多くの人はそう考えているのではないだろうか。
 僕もその例外ではなく、単純に増えたら嬉しいし、減ったら寂しい。
 しかし、問題はアクセス数を増やす事自体を目的としてしまう場合だ。

 これは何も今に始まった病気ではないが、近年のテキスト人口爆発に伴って増えてきた奇病の一種である。
 患者の特徴は、アクセス数をただ単純に「数字」として捉えている所にある。
 アクセス数というのは、数字であって数字でない。その一つ一つは、インターネットを通して、端末の向こう側にいる一人一人の人間がサイトにアクセスし、文章を読んでいる事を意味している。
 結局、そこの所に頭が回る程度の想像力を持っているかどうかが問われているのだ。

 歪んだ自己顕示欲にもとづく動機から、オッペケ大手サイトに「掘り出し物」リンクされちゃった初心者サイトの中には、自分を見失ってしまう人もいる。そりゃぁ突然アクセス数が100倍になっていたりしたら、頭が茹だってしまっても仕方ないが。
 ただ、それで増長して「テキストサイトは、アクセス数を増やすゲーム」などとのたまうのは、相当に失礼な事であるのは自覚しておいて欲しい。
 誰に対して失礼か?言うまでもなく、自分のサイトを見てくれている読者に対して、である。
 「アクセス数ばかり気にしやがって」と叩かれているのではない。作品を数値化しないと判断できない鈍さと、人間をただの数字としてしか見ない傲慢さとが、人を不愉快にさせるのだ。
 そんな低脳サイトを喜んで見ている人達も、よく考えた方がいい。お前ら、ナメられてんだぞ?

 このサイトも、最近随分と「アクセス数」が増えたけど、僕は常に意識的でありたい。
 端末の向こう側で、毎日能動的に99式にアクセスしてくれる人の事を。たまたま通りがかった人の事を。メールを送ってくれる人の事を。掲示板に書きこんでくれる人の事を。僕は、読者の一人一人に向かって、届く言葉で、あなたに何かを伝えようとして毎日文章を書いている。
 僕は、数字が欲しいのではなく、読者が欲しいんだ。
 偽善と言われようと構わない。しかられたって、かまわない。日記を書いていくとー(決めたー)なのにー(アクセス増が)急じゃ)ー怖いー

アクセス至上主義とは何だったのか九十九式

◆アクセスアップ論・テキストサイト論の流行

 2001年8月、かまくらは「さくらとちぃのテキストサイト論」の連載を始める。 これは(オフ会の話に偏っているが)テキストサイト界のことについて書いたテキストである。 さらに、アクセス至上主義の『堕落誌』がアクセスアップのための具体的手法を書いた「アクセスを増やす裏技外伝」。 これらのテキストにより、テキストサイト論・アクセスアップ論の話が連鎖的に広がっていき、2001年後半から2002年前半にかけて多くのサイト論・アクセスアップ論テキストが書かれる事となった。 代表的なものとして、上記2テキストの他に、 「ほめことぱげこのテキストサイト論かまくら)」 「荒廃の歌・特別編(荒廃の歌)」 「お父さんのためのテキストサイト講座(鞠棚)」 「アクセス考(面会謝絶)」 「テキスト界成り上がり講座(宇佐教授の無駄学研究室)」 「テキストサイト作成論、サイトの構成ホームページとは?斬鉄剣)」 「テキストサイト界近況BlackAsh)」 「日記系概況<2001年度春-秋>偽黒武堂の三国志探訪)」 等が挙げられる。2002年7月に発行された書籍「テキストサイト大全」はテキストサイト論の集大成と云えるだろう。 また、テキストサイト論の流行に伴って揉め事が発生した(*22)。

*22:例えば『斬鉄剣』と『G∽FORCE』の間で発生した揉め事がある。『斬鉄剣』が書いた「テキストサイト・時代の流れ」に対し、 『G∽FORCE』が「なぜ、アンチ斬鉄剣なのか?」において『斬鉄剣』の問題点(論理のすり替えによる見解の正当化など)を上げ、「斬鉄剣のナミって人は、もうちょっと物事を客観的に見れるようにならないとダメ」と書く。 これに対し、『斬鉄剣』は「理論と思い」の中でオススメリンクの名を借りた『G∽FORCE』潰しを行った(いわゆるネガティブアクセス剛掌波)。 『G∽FORCE』は『斬鉄剣』からきた人たちによって掲示板を荒らされ、テキストサイト界からの撤退を決意した。

◆娘。系テキストサイト

 テキストサイトの中で、「モーニング娘。」の話題を多く取り上げるサイトが現れる。2000年12月、「モーニング娘。」の話題に特化したテキストサイト『梨華の時間』開設。 2001年1月、『WALKING IN THE RHYTHM』がサイト内に『モーリンク娘。(仮)』という「モーニング娘。」を話題にするテキストサイトのリンク集ページを作った。これが後に『ニッキモニ。』となる。ここに「モーニング娘。」の話題テキストサイトが集まってきた。 代表的なサイトとして『梨華の時間』『九十九式』『桃色核実験』『牧歌的』『コスモクルーズ』『ピンスパイク』『FooL PLooF』等が挙げられる。 ここで注意しなくてはならない事がある。「モーニング娘。」を話題にするテキストサイト「娘。系テキストサイト」はあくまで「テキストサイト」であり、「ただのファンサイトではない」のである。 ”テキストで表現する”事に彼らはこだわりをもっていた。
 『ニッキモニ。』は自己申告による登録制であった。やがて、アクセス数目的にテキストサイトでは無い、普通のファンサイトが多く登録されるようになると、 ”『ニッキモニ。』はただのファンサイトリンク集になってしまった”という意見が出てくる。 特に『九十九式』の「ニッキモニ。は終わった。」は大いに議論となった。 『ニッキモニ。』以外のリンク集としては、『武蔵野タンポポ団』『娘。アンテナ』が挙げられる。 また、「娘。系テキストサイト」と「ハロプロまとめサイト」の間の子として後年誕生したサイトに『アライブモーニング』(現:『エンタメアライブ)』がある。

Miki-Tea-Timeの人(っつーかwackyさん)が「ファンサイトのテキストサイト化と、テキストサイトのファンサイト化」について書け、なんて言っているので久しぶりに話に乗ってみます。こーゆー他人の振った話題に、単に興味だけで乗ってなんか書くって久しぶりだなぁと思わなくもないです。うーん。

僕は自分のサイトはファンサイトでは無いと思っています。あくまでモーヲタが運営するテキストサイト(?)だと。このテキスト/ファンサイトの区切りがいまいちハッキリしないまま話を進めると有らぬ誤解を受けそうなので、一応自分なりの定義を。

・テキストサイト
「テキスト」で表現を行う事を主眼としたサイト。内容は好きなアイドルでも毎日の日記でも面白いネタでもニュースでも関係無し。

・ファンサイト
ファンである対象について表現する事を目的としたサイト、表現方法はキャプだったり、ラジオのテキスト起こしだったり、掲示板、日記そのもの等、色々。

んで。ここで話はアクロバチックに展開しますが、まず最初にこれ以降は単なる僕の愚痴です。別に特定の誰かに喧嘩売ってるわけではないです。不甲斐ない自分への不満とでも思っていただければ。あとはエンターテイメントであるモーニング娘。について表現する人達自身をエンターテイメントと見立てた場合の不満とかか。

あのな、ぶっちゃけDDとかなんちゃら右翼だとか勝ち組だとかそんな手垢の付いた言葉とかかったりーな。僕が読みたいのは人の書いていない領域に踏み込んだ文章なんですよ。もしくはもっともっと自分の心に踏み込んだソレ。人から言葉を借りて閉じたコミュニティー作ってうふふあはは楽しむのは結構な事だけど、ハッキリ言ってつまらないよ。せめて借り物の言葉なら一捻りは入れてくれ。僕は君の言葉を聞きにサイトを訪れたんだから。

あと、誰でも書けるような番組の感想を羅列されてもなんも残らん。単に楽しかった番組をプレイバック出来るか、見たような気分になるだけ。どんな頓珍漢な事でも良いし、自分だけの思いこみでも良いから誰も考えたことの無い視点を感じたいのよ、僕は。それは当時の梨華の時間の視点だし、当時のNATIONAL ANTHEMの視点だし、九十九式の視点だと思うんだよ。

わぁ、久しぶりにすげぇ書いたなー。(FooL ProoF)

──モーニング娘。が結成された90年代末から2000年代前半って、今みたいに携帯やスマホからインターネットができる時代ではなかったんですが、一部のファンの人たちの間では自分たちの曲の解釈や解説をネット上にアップして、ファン同士の交流を深める文化がありました。それはつんく♂さんはじめ、制作サイドから説明がなかったからだと思うんですが、今は逆につんく♂さんのほうからセルフライナーノーツで「この曲はこうです」「こういう意図で作りました」と先手を打ってるわけですよね。

そうなんですよね。だからネット社会が始まって「2ちゃんねる」ができた頃は、ネットに参加してる連中っていうのはすごく能動的で。当時はモーニング娘。に限らず、人気アーティストのアルバムが出たらその感想文を自分のホームページで書く人がすごく多かったんです。「この曲は○○の『××』っていう曲のイントロのオマージュで、これこれこういうふうになってる」とか「この歌詞の意味は、きっと△△さんはこういう思いを込めて書いたんだろう」とか、1曲1曲を自分なりに解説して。「つんく♂が今回の曲で安倍なつみをセンターに持ってきたのは、やっぱりこれこれこういう理由なんだよ。『ASAYAN』を観てもこうだったし」とかね、嘘でもええから書いてるんですよ。まあそれを「ああ、こいつマニアックやな」とか「それは違うな」って思いながら読んで(笑)。

──あはははは(笑)。

まあそれは僕に対してのアンサーを含めて、自分たちでライナーノーツを作ってたわけですよね。でもそこからmixiとかSNSを経て、今はTwitterやLINEに移行した。ネットが日常化されていけばいくほど、そういう感想文を書く人が減っていった気がしていて。例えばAKBのCDをゲットしたとか、「Now Playing ○○」みたいなことを書くんですけど、その先の感想がないんです。ネットが普及したことでいろんなことが短縮化、簡易化されて、物事を書くということがおざなりになってるのかなっていう危機感を感じてるんですね。そんな文章を書くことがおざなりになってる中で間違った情報が上がらないためにも、「ここまで書かなくても普通は気付くでしょ?」みたいなことまで書いておかないといけないなと思っていて。僕が発した言葉に対して「そんなわけないやんけ!」って言ってくる人すら少なくなってますからね。その危機感みたいなものは非常に感じています。

モーニング娘。「ブレインストーミング / 君さえ居れば何も要らない」特集 (5/6)音楽ナタリー

6.2002年 脳死、猛威を振るう

サイトの開設年月

2002年1月

バーチャルネットさいころ・だいす6面体』 『Fighters Front Line(バーチャルネットアイドル・かすみ19歳→)』 『続・ルミ姉さんと一緒(ベロス同盟→ルミ姉さんと一緒(;´Д`)ハァハァ→)』 『無料HPスペース娘・じおこ13歳』 『このテキストサイトがすごい!』

2002年2月

もなみ9歳Fバーチャルネット・ラウンジャーもなみ9歳もなQぽぉたるもなQらいと→)』

2002年4月

バーチャルネットAA描き・チェき14歳』 『ダンシング☆カンパニヰ(サイト自体は1999年から存在。電脳麻薬→温泉テクノ→落石注意→)』 『バーチャルネットプリーストさやさや16歳(バーチャルネットアコライトさやさや16歳→)』

2002年5月

Web冷え汁』 『レティクル座妄想

2002年6月

『est(YUMEGIWA LAST BOY→)』 『バーチャルネットストーカー・ヨシミ22歳』 『母さん』 『バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳』 『ダークマター

2002年7月

『カニバリズム(煩悩カニバリズム→)』 『バーチャルオナベアイドル 浪路27歳』 『バーチャルネット大司狂レイホウ19歳』 『Text Cicle』 『まるだしの構え』

2002年8月

『α汁』 『まいにちあゆみ17歳』 『テキ通』

2002年9月

『バーチャル厨房アイドル佐祐理18歳(偽者)』 『バーチャルネットアイドルのるぅりん☆6歳』 『HAGAKURE理論

2002年10月

バーチャルネット法律娘 真紀奈17歳』 『POPSCENE』 『バーチャルネットゲーマーアイドルヒェミ16歳

2002年11月

ゴブリンと僕。

◆重要サイトの閉鎖・更新停止による活力の低下

 2001年10月、痛い系サイトの中心にいた『兄貴の館』が2002年3月一杯で終了すると発表。 『裏MIZUHAの憂鬱』は、これまでの感謝とお別れの意図を込めて出来るだけ多くのサイト運営者で兄貴を見送ろうという「アニキまつり」を企画。 2002年3月21日、170個のサイトの背景が『兄貴の館』でおなじみのマッチョな男がポージングをしている画像となった。同年3月31日、『兄貴の館』終了。 『侍魂』は2001年後半から徐々に更新頻度が下がっていき、健氏が社会人となった2002年には更新がまれとなる。 『ちゆ12歳』も2002年から更新頻度が下がっていく。2002年9月、『ちゆ12歳ポータル』を開設し、「ちゆネット(ODNの「まるごとプラス」+ちゆドメインのメールアドレス)」「ちゆショップ(携帯電話に張るシール、マウスパッドを販売)」等の商業活動に乗り出したが話題にはならず。肝心な更新頻度は下がったまま。 界隈を牽引してきた中心的サイトの影響力低下は、快進撃を続けるテキストサイト界に陰を落としていく。

◆脳死とテキテキサイト

 2001年の『斬鉄剣』vs『無題』、アクセス至上主義、そしてアクセスアップ論・テキストサイト論の流行。こうした「自分の考えを高らかに主張する」流れは論争の火種を生むこととなる。 2002年の傾向として「自分の考えを高らかに主張し、かつ他人への迷惑を考えない」、そんなサイトが幾つかの揉め事を引き起こした。

①脳死
 テキストサイト界でいうところの脳死というのは、「迷惑行為を行うテキストサイト」に与えられる称号である。 一部テキストサイトの行動・発言が周りのことを考えていないことから、「思考が停止しているとしか思えない」として脳死と呼ばれるようになった。 「脳死スレ」のテンプレを以下に引用する。

☆『脳死レンジャー』って何?☆
 ネットの公共性をわきまえない言動をするテキストサイト管理人を 「脳が死んでいるとしか思えない」ので「脳死系」と呼ぶ(参考・テキストサイト大全)。 具体的にはネットバトルを仕掛ける、他サイトを誹謗・中傷する、閲覧者の信頼を裏切る、 アクセス数やネゲットを目当てに迷惑な行動を取る、他所のテキストをパクる、 他所の掲示板に電波文を何度も投稿する、などが脳死的行為に該当する。 「脳死系」のうち、問題行動を継続的に続ける、面白いほど間抜けである、 自意識が強くツッコミを流せない、などの理由で、 長期的観察対象になり得ると認定された管理人が「脳死レンジャー」である。 古参サイト・有名サイトでも状況次第で脳死レンジャー認定することがある。 ただし大物すぎて扱いきれない(例:温帯)、テキストサイトに関わってこない(例:ぷららん)、 などのようなものは脳死レンジャー認定対象外である。

☆『脳死ライダー』って何?☆
 かつて「脳死」とは、「無題」管理人マサムネと戦う者たちの総称であった。 彼らは脳が死んでいるとしか思えないほど馬鹿であるがゆえ脳死と呼ばれ、 個性豊かにして愚かで迷惑な言動を披露して散っていった。  
 しかしマサムネの失墜と共に、時代は脳死同士で戦う脳死バトルに突入。 これに伴って「脳死」の定義も若干変化した。 現在ではネットの公共性をわきまえない言動をするテキストサイト管理人を「脳死」、 そのサイトを「脳死系サイト」と呼ぶ。(参考・テキストサイト大全) 具体的には自サイトに揉め事の種となる文をアップする、他サイトを誹謗・中傷する、 他所の掲示板に意味不明な怪文を何度も投稿する、他所のテキストをパクる、 その他アクセス数やネゲットを目当てに迷惑な行動を取ることなどが脳死的行為に該当する。
「脳死」のうち、ろくなアフターフォローもないまま問題行動を継続的に続ける、 面白いほど間抜けである、自意識が強くツッコミを流せない、ほほえましい、などの理由で、 長期的観察対象になり得ると認定された管理人が「脳死ライダー」である。 古参サイト・有名サイトでも状況次第で脳死ライダー認定することがある。 ただし大物すぎて反応を楽しめない(例:温帯)、 そもそもテキストサイトに関わってこない(例:ぷららん)、 などのようなものは脳死ライダー認定対象外である。

1.まったくもってまとまりのない集団
2.脳死レンジャー
3.基本的に色で識別される。個別には魚類だの繊維だの蟲だのアシカだの麻雀牌だのいろいろ
4.20代が多かった
5.2002年1月17日(1.17事件)~
6.関連各サイトの掲示板、チャットに波及
7.初期に関しては「脳死力研究所」跡地が詳しい。
8.「侍魂」のブレイクで一躍ブームになったテキストサイト。
数多くのテキストサイト管理人を産み出したが、その中で アクセス数稼ぎや売名目的でほとんど理論武装もせず、主に古参サイトに 論戦をふっかける管理人達が現れはじめた。 彼等を評して「脳が死んでいるとしか思えない」。すなわち「脳死」。 文中リンクでの罵倒合戦、掲示板やチャットへの突撃、脳死内での内ゲバなどなど しばらくの間バトルロワイアル状態が続いたが 「脳死」という言葉をはじめて使った「無題」マサムネのオフラインのトラブルによる失脚、 「仁」という脳死を超えた存在の出現、言及サイトおよび「ダークマター」の閉鎖などが重なり、 糸の切れた凧状態に。そして昨年末「斬鉄剣」も更新停止。

 特に多かったのが「後のことを考えずにとりあえず喧嘩を売る」行為である。 2002年だけでも「1・17事件」「魚類の乱」「ヒールというかフール」「斬鉄剣vs旅打ち日記騒動」「仁騒動」(*23)といった揉め事が起き、その主犯は脳死認定された。

*23:各揉め事について書いておくが簡単に書いただけなので、詳細については資料を参照すること。

「1・17事件」:
『斬鉄剣』と『無題』との論争に『無情な日常』が割って入り、『斬鉄剣』擁護の発言を行う。さらに『無題』の掲示板に乗り込み、挑発した。それに対し『無題』は「はあ? 貴様は正真正銘ホンモノの白痴か。だったら黙ってろ。中途半端な理解と覚悟で口を開くな。不愉快だ。」と一喝。『無情な日常』は謝罪することとなった。
資料:1・17事件

「魚類の乱」:
『鯛ページ』が『斬鉄剣』批判の文を載せる。その文中で「誹謗中傷が好きな方は素敵なわんちゃんのサイトへ行って下さい」と書き、『ケルベロス』を軽く煽った。コレに対し『ケルベロス』が反撃し言い争いになった。この「魚vs犬」の争いを見た『無題』はこの争いを低レベルと評す。すると、『鯛ページ』は矛先を『ケルベロス』から『無題』に変え、「貴方は脳が不自由ですか?」等と煽る。その後も『鯛ページ』は『無題』を罵倒した。やがて『鯛ページ』の自分勝手な発言に対し鯛批判を行うサイトが増えていき、鯛包囲網が出来上がると、『鯛ページ』は自分の発言が「すべては計算尽くのネタであった」と言う事にして大逆転を狙ったが流石に無理であり、 3月31日に『鯛ページ』はサイト閉鎖を宣言、謝罪した。
資料:魚類の乱
資料:YOU IS A BIG FOOL MEN > 鯛

「ヒールというかフール」:
『戦意』は『無題』に対し「現実で他人に言いたい事を言えないヲタが匿名性の高い空間でいびつなゴシップを撒き散らしている」と評し、『無題』へのリンクを貼った。これに対し『無題』が反撃すると、ひまわりは謝罪になっていない謝罪文を載せた。だがその後も『無題』への罵倒を行った。これによって『斬鉄剣』等から非難されると『戦意』は『無題』に対して再び謝罪した。だがまたも『無題』を挑発し、さらに魚類の乱で『無題』に敗れた『鯛ページ』を擁護。リンク集をリニューアルした際にはコメントで『無題』や『斬鉄剣』を煽る。さらに『クロユリ』に対しネガティブアクセス剛掌波を発動。『斬鉄剣』を「珍鉄剣」と言い煽るなど謝罪と煽りを繰り返した。
資料:ヒールというかフール

「斬鉄剣vs旅打ち日記騒動」:
『旅打ち日記』が『斬鉄剣』に「楽しみ方としては、アホ加減を薄ら笑いしよう。脳みその中身が見てみたい」というネガティブコメント付きリンクを貼る。これに気が付いた『斬鉄剣』が「舐めくさったリンクコメント書いてんじゃねーよこのバカタレが」と怒りをあらわに。『旅打ち日記』はリンクコメントを変更した。
資料:斬鉄剣VS旅打ち日記騒動

「仁騒動」:
『仁さんの徒然草』が「LINE ON vs 堕落誌」に何故か乱入。 『堕落誌』を擁護し、『LINE ON』を餓鬼、精神病的などと罵倒。だが『仁さんの徒然草』はすぐに方針変更し『堕落誌』を非難する。この『仁さんの徒然草』の変わり身を『ダークマター』が取り上げると『仁さんの徒然草』は『ダークマター』まで非難。この様子をじっと観察していた『LINE ON』は8月10日、『仁さんの徒然草』に対し、「人の事を餓鬼だの精神病呼ばわりした日記に対する責任を取れ」と要求した。これに対し『仁さんの徒然草』はメールで『LINE ON』に謝罪したが、『LINE ON』は「サイト上で悪口を書いたのだから謝罪文もサイトに書くべき」「責任取るつもりがあるなら、行動で納得させて下さいよ。私を」とサイト上での謝罪を要求した。『仁さんの徒然草』はサイトに謝罪文を載せたものの言い訳がましく、あまり謝罪文とは言えない謝罪文であった。その後『仁さんの徒然草』は『LINE ON』の掲示板に自分勝手な書き込みを行ったことで『LINE ON』のさらなる怒りを買う。『LINE ON』は「仁氏とのコミュニケーションは何一つ実らない。よって今後は停止する」とし、『仁さんの徒然草』を黙殺することにした。
資料:仁さんの徒然草(JIN's ESSAY.)騒動記
資料:脳死史上最悪の男、仁

②テキスト系テキストサイト
 脳死関連の揉め事は、その多くが『アルヲの独り言(あるヲッチャーの独り言)』のアルヲ氏によって記録に残された(*24)。 『アルヲの独り言』を創始とした「テキストサイト(テキストサイト界の出来事)をネタにしたテキストを書くサイト」が現れる。それが「テキスト系テキストサイト(通称:テキテキサイト)」(*25)である。 代表的なサイトとしてダークマター Text Cicle YUMEGIWA LAST BOY 『Target capture』『ねとながめ』『off topic 迎賓館裏口 てらたまテキストサイトニュース等が挙げられる。

*24:アルヲ氏が書き残したものは『脳死ログ』にある。(アルヲ)となっているものがそれ。
*25:この言葉の起源は不明だが、『ダークマター』の濁氏は「テキストサイト系テキストサイトという言葉を、最初に言ったのは私だった気がしますが、実際の所どうなんでしょうか」と言っている。

◆サイト批評サイトの登場と挫折

 テキストサイトブームが起き、テキストサイトが大量発生すると「埋もれ問題」が発生した。 「埋もれ問題」とは、良質の新規サイトが登場しても大量に発生した低質サイトの中に埋もれて目立つ機会を得られくなり、 結果として大手サイトの顔ぶれが何時までも変わらず、界隈が活性化されないという現象である。

 最近、テキストサイトやニュースサイトが乱立しています。これは、テキスト界が活性化しているということで大変喜ばしいことですが、同時に一つ個人的な心配事があります  それはかつてのゲーム業界の、「アタリショック」と同等のものがテキスト界に津波を起こさないかという事です

 言うなればゴミ(失礼)に埋もれてしまって、真に素晴らしいサイトが人の目に触れずに消え去らないかと言う事と、カス(失礼)サイトだけを頻繁に目にした閲覧者が「テキストサイトなんて面白くない」と判断して去ってしまわないかということです

荒廃的なお知らせ(荒廃の歌)

 これに対し、埋もれている良い若手・中堅テキストサイトを発掘しようという気運高まり、サイト(テキスト)批評(レビュー)サイトが多く登場するようになった。 代表的なものとして『このテキストサイトがすごい! 『中堅テキスレレビュー 』『デマゴーグ』『Free Fisher』『earth aspic』 テキ通『キングギドラ』等があげられる。 そのほか、『アルヲの独り言』内の「中堅サイト厳選リンク集」や『荒廃の歌』『我思う、故にラーメン』『ルミ姉さんと一緒(;´Д`)ハァハァ』もレビューを行っていた。 批評サイトは「テキストサイトをネタにしたテキストを書くサイト」であるから「テキスト系テキストサイト」の仲間として扱われる場合がある。 『侍魂』の登場以後、大量の低質模倣サイトが発生したことは問題視されており、 「本当に面白いテキストサイト」を外部の人間に見てもらえるような仕組みが必要であった。
 批評サイトのなかで特に期待されていたのがテキスレ発祥の『このテキストサイトがすごい!』であろう。中心人物の金子氏は「■■■テキストサイトはここで語れ(その12)■■■」にて現在の問題点を述べ(*26)、そして新たな批評サイトの構想を練る。 金子氏の頭にあったのは「このミステリーがすごい」のテキストサイト版であった。 メインコンテンツのテキストサイトランキングでは評するに値するレベルに達した20人程の評者を用意しテキストをキチッと読んだ上で投票により決定される「評者投票制システム」を採用することで、ランキングの信頼性を確保。 他のサイト批評サイトとは一線を画すものであった。

603 名前: 名無しさん@ゴーゴーゴーゴー! 投稿日: 02/01/19 08:56 ID:c/XNp4GR
デゴマーグのろじぱら批判に関して言えば、確かになにかの専門系じゃなくて、
日記系サイトなら俺でもできそうだなという人間を大量にサイト管理の方向に
走らせてしまい、結果糞サイトが増大したという責任はあるけど、あくまで
不作為の責任なので、それに対してどうこういうのは酷。あからさまに客に
嫌われるようなことなんかいってもメリットは何もないわけだし。
 
やはり、日記系に人を大量に流れ込ませた「侍魂」が諸悪の根源かと。あそ
こが「斬鉄剣」をリスペクトしていなければ、塾憂も宇佐も最初からなかっ
たようなもんだから、ここまで低質化することはなかった。
ただし、「侍」がなくても、遅かれ早かれこういう問題は出てきていたと思
う。一昔前の日記系のように、ハイレベルな管理者が凌ぎを削る、という状
況はもう出現しないし、そういう状況を出現させたいのなら、ある程度自分
らでコミュニティを閉じて部外者を締め出せばいいと思う。
 
 
604 名前: 名無しさん@ゴーゴーゴーゴー! 投稿日: 02/01/19 10:32 ID:/HbZiQaW
>>603
松田っぽい考えだな。
かつての「ハイレベルな管理者が凌ぎを削」っていた時代に
今ほどの大量の読者が流れ込んでいたとしたら、
結局はそれらハイレベル日記の模倣サイトが乱立していたに違いない。
だけどハイレベル管理者はそんなことには動じなかったろうよ。
侍魂は確かに日記系に大量の読者を引き込んだし、
斬鉄というクソをリスペクトしていたためにクソ模倣サイトが結果として増えた。
だけどこれって悪でもなんでもないだろ?玉石混交で全然いい。
それを悪だと言うならデマゴーグと同じ視点だ。
 
クソがどれだけ増えようともろじぱらは我が道を行っている。
「どこそこのせいでクソが増えて困った」とか言ってる暇があるなら
ろじぱらみたいにクソはほっといて自分のテキストを書くべきだ。
誤読者が増えるとテキストサイト全体の質が落ちるっていう松田の論理は
確かに正しいが、コミュニティを閉じてまで質の維持を図る必要性はないだろ。
ろじぱらも侍魂も模倣者に説教垂れる必要は全くない。
よって、これは>>603批判ではなく松田批判でありデマゴーグ批判だ。
 
 
606 名前: 603 投稿日: 02/01/19 11:15 ID:0vp6x9N/
>>604
自分もまったく現状を非難する気はないし、コミュニティを閉じる
必要もないし、遅かれ早かれこういう状況になっていたと思うので、
概ね同意。実際、ハイレベルな「ちゆ」を模倣した糞のようなサイ
トが現在乱立をはじめている。パソコンの発達、インターネット人
口の増大により、ウェブサイト開設の敷居が下がり、レベルの低い
管理者が大量流入した必然の結果。貴方とはいい意見交換ができそ
うだから、もう少し続けます。
 
玉石混合という言葉が出たついでに書くが、現在はそのバランスが
異常なまでに偏っている。つまり、玉が圧倒的に少ない。理由とし
ては、今まであげた理由もあるが、玉を捜すのが極めて困難、とい
うこともあげられる。
また、たとえいいテキストを書いていても評価されるとは限らない。
誰にも見つけられずに消えていった素晴らしいサイトを幾つも知っ
ている。
人は少なからず評価を求めているものだから、気合入れてテキスト
を書いていても放置ではやる気がなくなるというもの。
 
 
607 名前: 603 投稿日: 02/01/19 11:16 ID:0vp6x9N/
現在は大手サイトによる掘り出し物リンク、「ちゆ」のニュースリ
ンクという形で、それらが幾分か解消されるようなシステムになっ
てはいるものの、完全には程遠いゆえ、「斬鉄」のように管理者の
感性が歪んでいる場合、どうでもいいサイトが大手面をはじめると
いう悪夢のような状況が発現する。
 
これを解消するためにはどうすればいいのか。ホソキンが事実上倒
壊し、猫、まよが死亡した今求められるのは、複数の人間が行う
サイトレビューサイトなのではないか。それも、40人、50人単位
で行う一言レビュー、簡単に言えば「このミステリーがすごい」みた
いなものをテキストサイトにそっくり移行することは出来ないか、
と考える。
それを行える媒体はどれか。ここだ。テキスレだ。ある程度テキスト
サイトを読み込んでいる人間が揃っている。人数もいる。
テキスレ読者で、サイトレビューサイトを立ち上げてみないか。テキ
ストサイト界に、面白いものが勝者になるというシステムを構築して
みないか。
 
というお話。どうざんしょ。

■■■テキストサイトはここで語れ(その12)■■■

 第一回のテキストサイトランキングでは一日に4000ヒットのアクセスを記録し、注目も高さを裏付けるものであった。 しかし、2回、3回と行うにつれ問題も発生した。20人程の評者を抱えるため金子氏ではその統制が難しく、最初は高かった評者のボランティア精神は時間の経過と共に薄れ、多忙を理由に作業を行わなくなっていった。 結局、4回目は行われずに『このテキストサイトがすごい!』は終了。金子氏は「このテキ反省文」を書き、『このテキストサイトがすごい!』を踏み台にした有益な批評サイトが登場することを願ったが結局それは登場しなかった。
 サイト批評サイトは『このテキストサイトがすごい!』に限らず、その殆どが数ヶ月という短命に終わった(長く続いたのは『ホソキンズ ルゥム』のみ)。 理由は色々考えられるが
・「サイト批評サイト」は裏方であり、批評する人は多大な労力の割りに得るものが少ない(得るものより失うもののほうが大きい)
・他人のふんどしで相撲を取ってると云われることが多い
・批評するからには自らの批評について批評(あるいは非難)されることが避けられない
等によりモチベーションの維持が難しいことがあげられるだろう。
 ただし、同じ「発掘する」という目的でも、批評ではなく「紹介」という方法ではテキスタイルポップという成功例がある(*27)。

*26:私が「『このテキストサイトがすごい!』開設の経緯」にまとめてある。
*27:登場時期の遅い(2003年開設)『テキスタイルポップ』には、「批評サイトではありません。世の中いろんなサイトがあります。 こんなサイトがあるよー、という紹介をしていきたいと思います。言及とか興味ないです。オールポジティブアクセスが目標です。」とわざわざ書いてある。 後発サイトだけあって前例から学習しているということだろう。

「このテキ」の評者はだいたい20人でした。
評者は毎月、20程度のサイトを読み、それを順位付けすることでランキングが決定されます。
当初はほとんど100%の人が、期限内に投票を提出していたのですが、2回、3回と重ねるごとに締め切りが守られなくなり、投票率も下がってきます。
その理由として主に挙げられていたのは、「多忙」というものでした。
多忙という理由の裏には、このテキの活動が生活の優先順位の中でかなり下にあることを意味します。

「このテキ」の評者活動を支えていたのは、「テキストサイト界に風穴を開けたい」というボランティア精神でした。ただ、このような長期活動において、ボランティア精神というのは時間とともに風化していきます。その結果が、投票率の低下を招きました。

これは何も内部告発をしているわけではなく、誰しもが陥る当たり前のパターンであり、評者に「やりがい」を提供できなかった管理人のミスであると考えます。
本来、「やりがい」の代わりに現実世界においては対価としてギャラが支払われますが、資金力のない一個人である私にとっては、必死に「やりがい」を提供する努力を行うしかありませんでした。そして、それは私の能力の限界を超えていました。

このテキ反省文このテキストサイトがすごい!

 ぶっちゃけた話、サイト批評サイトなんて、運営する側にしてみたら百害あって一利なしというのが個人的な雑感であります。
 だって、誰も知らないようなサイトくそみそに貶したところで自分の印象が悪くなるだけだし、大手サイト批判したらしたで信者に掲示板荒らされたりするし、当たり前のこと感想書いても「ヌルい」とか言われるだろうし、そもそも批評依頼してくるサイトが早々面白いわけもないし、いちおう批評するんだからそんなつまらないサイトでもそれなりに目を通さないといけないし、それなら寝てるほうが100倍マシだし……ということで、辛いだけだよ!

テキスト界の住人見下げ果てた日々の企て

 こんばんは。《荒廃の歌》の管理人の冬夜です

 「サイト論とか他サイトを言及するときは、猫様の口調では厳しすぎです」というアドバイスにしたがって本人が出てきました。今後、こういった関係のを書くときはちょこちょこ出てくると思いますので、よろしくお願いします

 それと、ここまで書いた表現で、少々行き過ぎた面があったことをお詫び申し上げます。主義・主張が大幅に変わったわけではないので基本的な文章は変えませんが、後から読み返して自分でもアホ臭さに赤面する文などは一部削除しています←元に戻しました

 ええっと、レビューに応募してくださって結局、レビューしなかったサイト様のの書き込みでよく「まあ、うちはレビューする価値も無いほどのクソサイトですから」という、あからさまな当てこすりをよく見かけます
 とりあえず言い訳しておきますと、「レビューしない=カス」だなんて思っていません。レビューをしなかったのは、「しにくかったから」です。いわゆる「可も無く不可もなく」というやつです。ただ単に私の技量不足の面もありますが
 というわけで、「レビューしなかったけれど別にカスなんて思ってないですサイト様」を今度暇を見つけてアップします
 レビューをやめたのと、わざわざ「カス」という括りを使ったのはこういうことがあるからです(注:そのままはまずいと思うので、一部改変しています)

 「うちは日記メインですが、できれば○○のパクリだと言ってもらえると嬉しいです」←アホですか?
 「アクセス数と面白さは反比例するという信念でやっています」←遠まわしにケンカ売ってますか?
 「できたばかりでつまらない日記ですがよろしくお願いします」←「出来たばかりは送らないでください」と応募要項に書いています。ちゃんと読んで下さい。あと、「つまらない」と思っているのに送ってくる神経が素敵です。謙遜のつもりなのかもしれませんが、99.99%の確立で本当につまらないので意味は無いと思います
 「お願いします。http://xxxxx.xxxxx.xxxx」←一番多いです。URLだけですか。そのシンプル故に脳内思考が極めてよく分かっていい感じです
 「既に打ち切りしたらしいですけれど、どうかレビューお願いします」←お断りします。時間無いですし

 こんなのが大量に来たらさすがにキレます。おまけにサイトレビューには莫大な時間がかかるし、表現にもかなり気を使いました。これだけやっても、《荒廃の歌》にとってはマイナスにしかなりません(時間がかかるため、通常の更新が出来ない)。それどころか、名指しで「お前」呼ばわりされてこんな事まで言われる始末です
 >批評家って言うのは基本的に 他人のふんどしで相撲を取ってるって言うか 他人の釜の飯を食ってるって言うか そういうもんでしょ?偉そうな口たたく存在じゃないと思うんですけど
 プチ(←切れた音)
 というわけで、サイトレビューは二度としません。サイトレビューのマイナス面はMHKさんの12月2日の日記に詳しく書かれています。ただ一つ言える事は、レビューを始めてから、あれだけ嫌いだった愛・蔵太さんが尊敬の対象になりました。「あんなん単なる罵倒してるだけの糞じゃねえか」と思っている人は、実際にサイトレビューをしてみましょう。あまりの不毛さに素で泣けます

《荒廃の歌・特別編》 管理人よりの言及(荒廃の歌)

”「作品はそれ単体で価値を持つべきだ」という意見はナンセンスである”という麻草クンの意見には、話をテキストサイトに限るならば、ほぼ同意です。
テキストサイトというものは、管理人のキャラクターやサイト全体の味や匂いまで含めて評価すべきというのが、ルミの見解です。実際のところ、テキスト単品だけ取り出しても面白い人は、そのサイトも面白いということが殆どですが、ではその逆も真、つまり単品のテキストがつまらなければ、そのサイトもつまらないかと言うと、そうでもないことが往々にしてあるのです。

テキストサイトにおける付随価値を否定するのはナンセンスです。
例えばインストゥルメンタル音楽の視聴におけるブラインドフォールドテストのごとくに、作者を知らされずに大手人気サイトのテキストを切り出して、面白いかどうか問うという実験があったとすれば、その集計結果は微妙なところです。
読者は、ろじぱらのユーモアや侍魂のストレートな笑いや紐井屋の痛さに親しんでいるからこそ、そこにアップされているテキストを面白く感じるのではないでしょうか。そしてそれは、そのサイトが長年かかって築き上げてきた付随価値以外の何者でもありません。そこを否定してしまっては、「ではテキストサイトとは一体何なのか?」という根源的な問題に踏み込まねばならなくなってしまいます。作品が単体で完成している小説や詩に比べ、未だその定義すらも定かでない”テキストサイト”というものを評価しようとする場合、現在のところは、その付随価値を認めなければならないとルミは考えます。

テキストサイト批評の直面する問題の多くが、麻草クンのいうように深刻な事態を迎えているのは間違いないでしょう。
明確なガイドラインは存在せず、デファクトスタンダードになり得るような批評サイトも存在しないとなれば、志す者は暗中模索で数多くの失敗と経験を積み重ねなければなりません。
そして批評サイトの多くが、その方法論を確立する前に総じて短命に終わるのは、他サイトに言及することの難しさを言外に物語っているのではないかと思います。

テキストサイト批評はエンターティメントになり得るか?
正直、難しいところだと思います。宝島の「このミス」を見れば出版媒体では既に「なり得る」との回答が出ていると考えていいかと思いますが、ことWEB 上、しかも海のものとも山のものとも知れない「テキストサイト」なるものが相手では、未だ未知数と言っていいでしょう。

2002年4月後半ルミ姉さんと一緒(;´Д`)ハァハァ☆

◆『ろじっくぱらだいす』による「Web投げ銭」の提案

 「投げ銭システム」とはサイトの管理人を大道芸人とみなし、大道芸を見て感動した人が芸人にお金を渡すのと同じように、 サイトのコンテンツに対して感動した人がサイトの管理人にお金を渡すシステムのことを言う(*28)。 提唱者は、言語学の学術書を中心に出している出版社「ひつじ書房」の松本功氏である。 松本氏は「投げ銭システム推進準備委員会」を立ち上げ、個人や小さな会社が導入できるようなオンライン小額決済システムの実現に動いた。 この「投げ銭システム」の提案を元に、『ろじっくぱらだいす』が考え、後に実行したのが「Web投げ銭」である。 「Web投げ銭」は「投げ銭システム」をより具体的に考え、実現可能な方法について検討した。

1-1 サイトとお金と意欲
 「趣味のサイトでお金を稼げないか。」管理者ならば誰でも一度は考えるでしょう。自分の作ったコンテンツを元にサイトで大儲け、まではいかなくとも、電話代とプロバイダ料金ぐらいはカバーできないか、と。逆に良質のコンテンツを作る管理者がお金を得ることは、モチベーションの維持や新規コンテンツへの意欲にも繋がるでしょう。
 基本的にサイト管理者は無償で奉仕することを強いられています。傍観者から不平不満をぶちまけられながら、学業仕事の合間をぬってコンテンツを提供。その苦労に比べ、得られるものはあまりにも少ないのが現状です。趣味でサイトを運営している分には気にならないでしょう。しかし、さまざまなマイナス要因が趣味の楽しみを超えてしまった時。その時、サイト管理者は良質なコンテンツを提供するのを止めてしまいます。
 しかし、もしサイトでお金を稼いでいたなら。それはさまざまなマイナス要因を乗り越えるパワーの一部に成り得るかもしれません。また、アルバイトに充てている時間を少し減らしてコンテンツ作りに励む管理人も出るかもしれません。ではサイトでお金を稼ぐにはどうすればいいか?
 有名サイトなら「雑誌にコラムを書く」などの仕事があるでしょう。しかし普通のテキストサイトがお金を稼ぐには「広告を付ける」しかないのが現状です。ですが、無料スペースを使っているサイトは、他社広告禁止のためそれすらもできない。また、どんなに面白いコンテンツを作っても、アクセス数を集めなければ充分な収入にはなりません。しかも、「あのサイトは面白いから広告をクリックしてお金をあげよう」というのはちょっとおかしい。広告の概念からは外れています。
 ではサイトをすべて有料にしてはどうか。――きっと結果はみなさんの想像通りになるでしょう。みなさんが毎日見ているサイトのほとんどは、無料だから見ているのです。お金を払ってまで見たいサイトがいったい幾つありますか?有料化の結果、モチベーションの維持どころか個人サイトコミュニティの衰退にも繋がりかねません。
 ではどうするか。

1-2 Web投げ銭の提唱
 私は最も適切なシステムは「投げ銭」ではないかと考えます。
 みなさんは路上で大道芸を見たことはありますか?大道芸人は芸を披露したあと、観客の前に帽子を置きます。観客は思い思いの金額をその帽子に入れます。「投げ銭」です。
 このシステムのメリットは、お金を払う払わない・金額の大小は客の自由意志であり、無料で見続けてもまったく問題ないということです。また管理者は仕事と違って責任がないため、趣味のレベルで無理なくコンテンツを製作できます。また面白いコンテンツは評価され多くの投げ銭を貰えるため、アクセス数などという目に見えない数字よりモチベーションの維持・向上も図れます。

1.Web投げ銭の提唱ろじっくぱらだいす

 『ろじっくぱらだいす』はWeb投げ銭を行う事で義務や権利が生じないようにするために2つの事を挙げている。

  「管理人は、投げ銭をした人としなかった人を区別しない」(閲覧者が投げ銭をすることで何かが得られると思わないようにするため)
  「閲覧者は、現在までに見たコンテンツに対して投げ銭をする(=将来のコンテンツを期待した投げ銭をしない)」(投げ銭をしてもらうことが管理人にとって重荷とならないようにするため)

 これを大前提にすることで、気軽に投げ銭をし、受け取ることができるというのが『ろじっくぱらだいす』の考えたWeb投げ銭の特徴である。 ただし、閲覧者の意識改革が必要であることも事実であり(当時はサイトでお金を稼ぐということに抵抗感が強い時代だった)、 問題を起こさずに運営できるのかどうかで議論になった。
 ちなみにWeb投げ銭からヒントを得てだんでぃ氏が考えたシステムが「web拍手(*29)」である。

*28:この辺を参考のこと⇒『Bitliteracy Long Interview』 『投げ銭・宣言!
*29:大道芸を見た観客は大道芸人を応援する気持ちを込めて拍手や投げ銭をする。その拍手の部分をシステム化したもの。 サイトに拍手ボタンを設置し、閲覧者がそれを押すことで閲覧者は応援の気持ちを伝えることができ、サイト管理人はボタンを押された回数により記事の評価を知ることができる。 サイト管理人を応援したいがメールを書くのは面倒、わざわざメールを書かなくともワンクリックで応援の気持ちを伝えることは出来ないかという思想である。

↓以下の引用は2002年当時の反応

◆ サイトから収入を得る方法~ろじっくぱらだいす「Web投げ銭」 [03:17] 
  以前、「バナー広告は金にならない」と書きましたが、今回ろじぱらさんが提唱する方法は、
『面白いコンテンツを見せてもらったので適当なお金を払う』
という感じ。大道芸人が差し出す帽子にお金を入れるような感覚で、サイトにも「チャリン♪」とお金をあげるんです。これが、ネットバンキングやウェブ上での決済方法の発達により、可能となってきたのではないか、というお話。
詳細はリンク先をご覧になれば十分理解できると思います。とにかく、「投げ銭」を受け容れる窓口をどう設定するか、が最大の問題ですかね。あとは、払いたくなるようなコンテンツを作っていくことかな(面白いサイトの作り方は、ろじぱらさんのこちらのテキストで書かれていますね)。
しかし、ろじぱらさんが提唱する「投げ銭」の定義にはちと困難がありかと。
『閲覧者は、現在まで見たコンテンツに対して投げ銭をする・・・ 将来のコンテンツに対しては投げ銭をしない』
とありますが、これはねぇ・・・
ワタナベさんもわかってて、それでもあえて書いてるんでしょうが、大道芸人とウェブサイトの大きな違いは、「継続性」にあります。大道芸人は、たとえば新宿日曜日の歩行者天国で30分くらい芸を見せて、それで「投げ銭」をもらう。また同じ場所に来ることはあまり多くないんじゃないかな(芸のレパートリーに限界があるため、同じ場所でやって同じ観客を相手にするといずれ新鮮味が薄れる)。対して、ウェブサイトはネタ更新(=芸)により存続しますが、それはいつも同じ場所(=アドレス)にあります。だから、同じパターンの更新が続くと飽きるという現象が生じ、故にサイト管理人は日々ネタのひねり出しに苦労しているわけです(笑)
つまるところ、ウェブサイトは「恒常的に同じ場所にある」というインターネットのシステム上不可避的な拘束を受けざるを得ない。そうであるにもかかわらず、
『閲覧者は将来のコンテンツに期待して投げ銭してはいけません。今あるコンテンツを見たことに対して投げ銭をしてください』
というのは、少なくとも今はムリでしょう。閲覧者の意識が相当に変化しなければ、これはあり得ない。それを半ば期待して書いてるんでしょうけど、閲覧者は、どうしても、「明日の更新はどうなるのかな」「このネタの続きが気になるな」という意識で来る。つーか、気になるからまた来るし、また来る気にさせるそのコンテンツに価値を見出すケースが相当に多いんだから。
ろじぱらさんの提唱する「投げ銭」、確かにお金は入るかも知れません。けれども、その意識までを変革するには・・・ 少なくとも今は、難しいかも、と思わざるを得ないです。

BlackAsh News!! 新着順 - 6月 11~ -BlackAsh

02-06-11-TU

ろじぱらのweb投げ銭システムについて
今回の件に関してはBlackAshさんの見解が適切だと思いますが、それを踏まえた上で更に自分なりに考察してみたいと思います。まず結論としてボクはワタナベさんの期待通りにはならないと思います。 今回一番問題なのはワタナベさんが提唱している考え方(web投げ銭の定義)が正確にかつ確実に普及しないのではないかということです。 九十九式の5月19日及び6月6日に誤読者問題が話題が上ったように、送り手(今回の場合は提案者であるワタナベさん)の意図を受け手(これから投げ銭システムを利用しようと考える人達)の全員が正確に理解することは非常に難しいと言えます。 更に、初めて「web投げ銭について考えてみた」を読んだ時は、ワタナベさんの意図を正確に理解したつもりであっても、 月日が経つにつれ気づかぬうちに「今あるコンテンツに対してではなく将来のコンテンツに対して投げ銭する」という方向に堕してしまう人もいるでしょう。 ついでに言えば、ネット上には日本語をロクに理解もできない電波さんも沢山いらっしゃいます。 こういった事は大半のテキストサイト管理人や閲覧者には当てはまらないでしょうが、一旦お金が絡むとなるとごく少数の人間が原因でも、大きなトラブルへと発展する危険性を有していると言えます。 …ということでボクはこのシステムをテキストサイト界に広げるのに反対です。

NIKKI LOGS 200206a (YUMEGIWA LAST BOY)

さて。
結論から先に言っちゃうことにしよう。
柊の結論。
 
Web投げ銭は心情として応援したい試みではあるけれど、このしくみは恐らくそれほど広まらないし、現状では成功と呼べるほどの成果も上がらないだろう。
 
どうして僕がこう考えるのか、続けて書いていくから、興味を持った人はもう少し付き合ってね。
 
まず、個人ホームページが対価を得るには「インターネットに公開したコンテンツは無料で提供されるべきだ」と云うイデオロギー(思想)を克服しなければいけない。
ここで問題になるのは、このイデオロギーを克服するのは「読者」の側で、投げ銭を提案する「作者」じゃないと云うことだ。
自分の考えは変えられても人の考えを変えるのは難しい。
 
次に、一定数以上の読者が集まるサイトでは必ず出てくるであろう「クレームメール」の問題。
僕が思うに、ろじっくぱらだいすの「Web投げ銭について考えてみた」の中で最も重要な文章は
ろじぱら的Web投げ銭の定義なんじゃないかな、と思うんだけど、果たしてたとえ少額でも金が動くのに対してすべてのケースがこんなにスマートでいられるだろうか。
ひとがひとにお金を出すってのは、なかなかキレイに済まないんだ、残念だけど。

ohanasi迎賓館裏口

 ウェブコンテンツに対するマイクロペイメントというのは、ずっと懸案であったテーマと言える。つまりはずっと懸案のまま解決できていない問題とも言えるわけで、Jakob Nielsen 博士は1998年と1999年の二度にわたってマイクロペイメントを擁護したものの、結局彼が予測したようには普及しなかった。そこらへんの問題については Clay Shirky による「マイクロペイメントへの反論」に詳しいが、この文章の冒頭でも述べられているように、P2P 技術が重要性を増していくことを考えるとマイクロペイメントが普及しないのはちょっと困ったことでもある。

 日本においてマイクロペイメントを推進する運動としては、投げ銭システムが最も有名だが、成功しているとは言えない。この文章を書いている時点で、そのトップページに「現在は投げ銭出来ません」と明記しているぐらいだもの。

 投げ銭システムに対する批評として、山形浩生による「投げ銭と青空文庫と:電子テキストについて考える」がある。これは以前にも少し書いたことがあるのだが、この文章における松本功によるフリーソフトウェア批判への反論、フリーソフトウェアと青空文庫の関連性の分析はともかく、投げ銭システムに対する批判の部分には少しおかしなところがある。少なくとも松本功は既存の集金システムに対するオルタナティブを目指していた(いる?)のだから、郵便振替でいいだろうというのははなから違うはずだし、「価値があると思うやつは5000円振り込め」というのができないのが「loser文章」と断じるのも議論上粗雑過ぎる。人の実際的な金銭感覚なんて結構いいかげんだし、時期性にかなり影響されるはずだ。例として挙げている布施英利のメールマガジンなんてその好例だろうに。

 ただ山形浩生が「さもしい」という言葉で表現している、金銭を要求することに対する心理的なハードルは確かにある。僕自身がそうしたシステムを利用しないのは、単に金銭を目的・想定して文章を書いていない、ただそれだけなのだが、この「心理的なハードル」は無視できない。

 ただ状況もこれから大きく変わるかもしれない。ろじっくぱらだいすにおいて公開された「Web投げ銭について考えてみた」が契機となってこの問題が議論されているからだ…などと書きながら僕はいわゆるテキストサイト界に興味がなく、ろじぱらを含む有名どころすらほとんど巡回していないのでその議論の詳細を知らないのだが、いずれにしろ有名サイトが取り上げただけでこれまで沈滞していたものが一気に活気付くというのも皮肉であり一面愉快でもある。

 現状 eBANK でおひねりというのがベストであるようだが、確かにこれで日本版 PAYPAL が実現し、ユーザがはじめから「そういうものだ」と思えるところまで持っていければ、ユーザのマイクロペイメントに対する心理的抵抗も変わるかもしれない。

 ただ上にリンクした文章にしても、トラブルが起きないためのユーザ側、サイト作成者側それぞれの気構えについてわざわざスペースを割いて書かざるを得なかったわけで、そうした十分な前説が必要な時点で既に難しいのではとも思う。このままでは、口座を持つのはウェブサイト作成者だけになり、投げ銭という仕組みが彼ら(テキストサイト界?)の馴れ合いと政治の道具にちまちま利用されるだけに終わりかねない。すぐにウェブサイトの面白さの指標化といった方向に話が進むのもそういった匂いを濃厚に感じるし。

どうでもよいことにこだわってしまうYAMDAS Project

◆ROVNIの登場とVNI界の失速

 2001年~2002年のウェブにおける重要な出来事と言えば「ブロードバンドの普及」ということになるだろう。 そしてブロードバンドの普及に伴い、MMORPGが次々と登場。「ファイナルファンタジーXI 」と「ラグナロクオンライン」の二つは特に人気があった。
 2002年3月20日、バーチャルネットアコライト・さやさや16歳開設。『さやさや16歳』はサイトデザインが量産型VNIでありながら 中身はラグナロクオンラインプレイ日記であった。このようなVNIを「ROVNI(*30)」という。 『さやさや16歳』は開設3日目にして大手ラグナロクオンライン総合情報サイトからリンクが貼られ、ラグナロクオンラインコミュニティ内の大手サイトとなった。 同年5月1日、鍵系VNIの『バーチャルマザーマーメイド・晴子28歳』がROVNI化。同月8日、やはり鍵系VNIの『バーチャル幼なじみアイドル・名雪17歳(一般人無双)』がROVNI化。 多くのVNIがラグナロクオンラインにはまった原因として『さやさや16歳』『晴子28歳』と『名雪17歳』の力が大きいと言われている。 この後次々とROVNIが誕生していき、VNI界の中でROVNIは一大勢力となった。
 この流れをネット文化論的にみると重要な点が2つある。
 一つは「ナローバンド」から「ブロードバンド」への変化が形になって現れた出来事だという事。 「テキストサイト」というのはナローバンドに適応した文化。ROVNIはVNIであるものの実態としてはテキストサイトではなく「ラグナロクオンライン日記サイト」。 「ラグナロクオンライン」はブロードバンドの普及に伴うMMORPGの本格普及の流れに乗って現れた。 つまり「VNIからROVNI」へという変化は「ナローバンドからブロードバンドへ」という流れそのものであり、 「既存のコミュニティ」が「ブロードバンドの普及に伴い誕生した新しいコミュニティ」に人を取られていったことを示す。 つまり「ブロードバンドの普及が既存のウェブ文化に影響を与えた」ことを解り易く示した出来事であると言える。
 もう一つは、ROVNIの存在がVNIの快進撃を終わらせるきっかけとなったという事。 ROVNIは系譜としてはテキストサイトなこともあり、他人が読んで面白いキチッとしたプレイ日記を書くサイトもあるにはあったのだが、 自己満足なプレイ日記しかコンテンツがないものも多く、中には『さやさや16歳』のことは知っていても『ちゆ12歳』のことはあまり知らないものまで存在した。 低質なROVNIの急増。それは一部VNIから非難されることとなる、1年前に大量発生した侍魂模倣サイトと同じように。 ROVNIを叩く流れの中で、ROVNIを罵倒する事がコンテンツのサイトが現れる。それが『バーチャル厨房アイドル佐祐理18歳(偽者)』であり、『佐祐理18歳』が中心となって起こした揉め事が「ROVNI騒動」(*31)である。 この騒動が引き金となり、VNIブックマーク集である『バーチャルネットアイドル・ブックマーク集『ほかん庫(仮)』』が閉鎖を発表。 拡大を続けていたVNI界に失速の兆しが見え始めていた時、この騒動によりブックマーク集を失ったことでVNI界の縮小は決定的となった。

*30:元祖ROVNIはバーチャルネットアコライト†神無 Lv.27†(2002年2月4日開設)と思われるが無名サイトである。 よって、事実上の元祖ROVNIは『さやさや16歳』と云える。
*31:詳細は次を参照のこと⇒「ROVNI騒動」、「VNIの黄昏

当方が更新の停止を決意した理由と致しましては、各々バーチャルネットアイドル(以下VNI)を一括りに『VNI界』として見た場合、その『VNI界の低質化』の現象が激化しているという事態が直接の理由に当たります。
VNIというものが一つのジャンルとして認識され始めてから久しい昨今、『VNI界』というジャンルの大きさは予測できない程の広がりを見せました。当方が確認している限り、そのサイト数は700を超えています。
しかしVNI界の拡大に伴い、それを構成する個々のサイトの低質化も目立つ様になってきたのもまた事実です。
ネタでは無いのにも拘らず数日で更新を停止してしまっているサイト。アクセス数稼ぎの為に無意味にちゆフォーマットを採用し、VNIを名乗るサイト。これが原因の全てではありませんが、この様な例を挙げ始めたら限がありません。
そしてそれらサイトの中には、ちゆ12歳様にリンクを張っていないサイトも多数見られます。
勿論ちゆ様がそれを強制・推奨しているわけではありませんが、フォーマットを借用している以上、敬意、場合によっては謝罪の念を払うためにリンクを張るのは『VNI』を名乗る者として当然の行為だと、当方はそう考えております。

氷瀬秋子氏から『ほかん庫(仮)』を受け継いだ時点で当方の中に在った、VNIらに対する期待と興味は、既に現時点では欠片程も残っておりません。VNI界を一ブックマーク集ページとしてまったりと見つめ続けるのは、時間の浪費と判断致しました。
結局は、「ちゆって誰?」と言い出す人間(最早VNIではない)が出現しそうな勢いで、それら劣化コピーとも言い難いサイトが増え続ける現状を冷静に静観し続けられるほど、当方は大人でもなかったという話です。

閉鎖の宣言は、当方の本心を行動に移したものに他なりません。ただあの時は溜まっていたストレスを一気に爆発させてしまった直後なので、言葉を選ぶという配慮など何も足りませんでした。
当方を運営する上では『内容の如何に問わず、VNIの網羅』という事を至上としておりました。しかし登録・拡大を推し進める中で次第にあまり褒められたものではないサイトを目にする事が多くなってきたのです。今まではVNIの数も増えたし仕方もないだろうと考えていました。

登録作業を進める上で必要になるのが、登録対象となるサイトを隅から隅まで閲覧することです。しかし、前述したようなサイトが大手を振って経営している姿を見る度に、私の中には知らず知らずの内にストレスが少しづつ積もってゆき、そして今回の『ROVNI弾圧騒動』で溜まったものが破裂してしまいました…。
…何故ストレスに耐えられなくなったか説明をしますと、VNIの弾圧を目的としたVNIが登場してしまうという現状では、もうこの世界もお終いだなと思ってしまったが原因です。

低質なVNIとは、RO系の大半が全てではありません。…はっきり言わせてもらえば、当方の主観においてRO系のVNIにそのようなサイトが少ないと言えないのは事実ですが。
当方も一時は『[日記]、[版権]、[ちゆ型]、キーワード:ラグナロクオンライン』だけのサイトを後幾つ登録すればいいのかと、勝手に思い悩んでいた事もありました。
しかし登録を進める中で、他にも見られたものではないサイトを幾つも見てきました。当然、それもフラストレーションの一部に加算されていると思います。
感情を爆発させてしまったのは『すっかり堕落してしまった量産VNI界』に対してのものですので…。

バーチャルネットブックマーク集・ほかん庫

VNIというものに関してですけど、本来は「ちゆ12歳」さんのサイトからはじまった
んですよね。 そこから主に、それに似せたテキストサイトが増えていったわけです。

RO系VNIもそれにしかりです。 ただ普通のVNIと違うところは、一般のニュースなど
にはまったく触れず、ラグナロクオンラインのことしか扱っていないところでしょうか。

でも、これはどの系列のサイトも似たようなものではないのでしょうか? なにかしら
を特化させたサイトはこのネット上にいくらでも転がっているわけです。

RO系VNIはラグナロクの日記や情報で成り立っているんです。
それがいけないことなのでしょうか?

09/08「肯定と否定」(yuyuでRo!)

最初に言っておきます。最近のRO系VNIの増加についてですけど、じおこは別にROVNIの増加に問題はないと思います。
むしろガンガンVNIが増えたほうが面白いと思っています。

さて、四月~五月ぐらいにVNI同士がROネタ馴れ合いでHP更新が激しい時がありました。もう凄まじいぐらいに、酷い時にはチャットルームの内容(ROネタではないですが身内ネタで)までもちだしてみんなで馴れ合いちゆデー的(文中リンクして相手先をみないと内容がわからないことまでしてました。)なことををやり始めていました。(私もあれには腹が立ちました。)これにたまりかねたVNIファンの方が某BBSで「あれなんとかならないでしょうか?」と訴えていたのを思い出します。

 じおこはこの人達のシグナルにVNI達が気付かなかったのがそもそもの問題だったのではないかと思います。(まあ、気付けと言うほうが難しいですが・・・) そうして7月、RO馴れ合い化が激しくすすみ、なんだかROをやらないとVNIとしてやっていけない状況ができ始めついに、この状況に耐えかねた花火さんが訴えました。
なんでVNIでRO日記をやるのか?と よっぽど悔しかったのではないでしょうか?

まあ、気にせずが一番なのでしょうが、他の一般VNI達は嫌がってました。(じおこは多少は気にしてましたが w)

ROで馴れ合ってVNIになったほうがお得と言う考え方が最近出てきたと思います。VNI界で

実際にRO系VNIしか最近増えてしかいないのではないでしょうか?
じおこは、そうゆう環境を作っている今のVNI界は良くないと感じ始めています。
(またRO型VNI撲滅サイトが出てくる環境も良くないです。)

それに、ちょっと、じおこ色々みてみましたが、VNI同士での文中リンクが多い人も見受けられます。
そうゆうことをすると、努力して大きくなろうとするVNIが育たないんです!! じおこはこれが残念でならないんです!!

とくに、レイホウさんやさやさやさん気をつけてほしいんです。文中リンクは、VNIを応援しますなんてやったらとんでもないアクセス数が流れるんです。(これはもう、某VNIを応援した時にわかっています。)そうしたらどうでしょうか?、努力して頑張ってるVNIさんが育つでしょうか?

なんとゆうか、その、もう少し読者や他のVNIさんに気を遣って欲しいんです、RO型VNIの皆さん(もちろんVNIさんも)
「身内だけわかってればいい、嫌ならくんな」ってゆうのは、そのVNIを訪問した人になんだか凄く失礼だと思うんです。
また、VNI同士の馴れ合いばかりの応援もあまりじおこは関心しません。
あと、もう一つ、版権物でVNIをやっている人、特に注意してください。
抱き枕をもってるぐらいキャラ好きな人もいるので、安易な気持ちでVNIは絶対にやらないでください。

最後に
願わくは、VNI界が侍魂フォトいじりのように衰退しないように…

RO型VNI撲滅サイトについて無料HPスペース娘・じおこ13歳

7.2003年 ブーム終焉の予兆

サイトの開設年月

2003年1月

バーチャルネットアイドルユニット「テキッ娘。」

2003年3月

テキスタイルポップ

2003年5月

ペパーミント

2003年7月

off topic』 『ディッシュアップ!』 『ねとながめ』 『ニュートリノ』 『ザイーガ(バナナが黄色いわけ→)』

2003年9月

『Target capture』

◆『テキッ娘。』の挫折

 VNIの勢いが落ち始めた2003年、『かまくら』の釜本雪生氏は1月にVNIサイトバーチャルネットアイドルユニット「テキッ娘。」を立ち上げた。目的としては「ちゆや侍魂の更新頻度が落ちた今、廃れていくテキストサイト界にカンフル剤をうつべく、テキッ娘を開始しようと思った」ということらしい(*32)。 このサイトはVNI系だが、管理人が「テキストサイト大全」の雪生氏だけあって、色々なテキストサイトのいいとこ取りをしたようなサイトである。 特徴としては以下があげられる。
・週6回更新。
・「電子の世界でデビューを果たした5人組のネットアイドルグループの運営する番組」というコンセプト
・イメージとしては深夜のラジオ番組
・曜日によって異なる女の子がDJを務める
・5人のDJはそれぞれ得意分野を持っている。日曜日「たまき」は洋楽、月曜日「かれん」は漫画、火曜日「えりりん」は映画、水曜日「あまね」はゲーム、木曜日「ゆかりん」は競馬&toto。
・ピックアップニュース、フリートーク(お便り紹介)は定期更新。得意分野に関する記事は不定期更新。
・絵は『LALAMIX』が描いた。
 VNI系であるから仮想人格を設定するわけだが、更新する曜日ごとに違う人格を5つ用意したというのが『テキッ娘。』一番の特徴であろう。 しかも5人の人格にはそれぞれに違う得意分野を設定しているという凝りよう。 これを雪生氏は「バーチャルディスクジョッキーシステム」と名づけた。このシステムだが、読者に広く話題を提供する点では優れているものの、 5人のDJが日替わりで担当するといっても書いているのは雪生氏一人なわけで、負担が大きい。 『テキッ娘。』はすぐに話題となり、専用スレも立ったが、スレには「これは更新が厳しいんじゃないの?」という意見がでている。

36 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:03/01/10 07:16 ID:nwRkpQ37
VNIがまだ四天王(ちゆ米ウロンL)だけの頃に登場してれば
少しは、ねぇ…と思った。
この四人を雑誌とかが娘。のように起用してる事を考えると
雪男といえ、一人五役じゃ辛いわな。
すごーく惜しいサイトである事には賛同。
これじゃ「かまくら」のほうが面白いっす。
 
雪男の芸風はお米たんのお兄ちゃんに似てるんで
「それなりに」期待はしてる。
 
39 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:03/01/10 08:01 ID:n4hwJDJv
結論、
傷の浅いうちに止めた方が
っつーかんじですか
 
実際の話、2、3ヶ月やってからニッチもサッチもいかなくときが
一番くるしいのではないかという…
 
雪男さん、濁又にリンクしてるって事は、ここ見てらっしゃいますか?
かまくら更新がんばってください
 
52 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:03/01/11 11:18 ID:S7TBCI/H
冷静に考えると絶対これ行き詰まるぞ。個人でやったら。
中の人を早急に補充したほうがいいと思われる。
 
5人もいるのにキャラ分けが満足にできず
語尾の変化とか喋り方程度で区別させて
それでもなんとなく芸風は同じ、みたいなことになりそう。
話題の幅もそれほど大きくとれないだろうし

テキッ娘

・最初は3人(ユニットだと主張できる最小人数)に留めておくべき。中の人が1人で5人キャラ使い分けて毎日更新なんて絶対無理。現状ですらすでに破綻している。メンバー増員は、中の人を増やすなどして、運営にかかるコストを余裕を持って受け止められる体制が整うまで我慢。

1月25日・2回目(無題)

 『ちゆ12歳』の強さは「濃いオタク文化というのを、ライトなオタクや一般人に伝えることの上手さ」にある。 しかし、量産型VNI達の多くはそのことが解らず、あるいは解っていても真似できず、結果として量産型VNI達の多くは身内だけしか面白くない「ただのオタクサイト」に成り下がっていた。 『テキッ娘。』は、サイトデザインは凝っているし、内容は一般人でも理解ができるように噛み砕いた文章で書かれている。 『ちゆ12歳』と同じ一般人に方向が向いているサイトである。
 開設してすぐにアクセス数を一日3000ヒット稼いでいたことから相当期待されていた(悪くいうならヲチられていた)わけだが、 当時VNI四天王と言われた『777's Loop Light's Loom』との間に揉め事が発生(*33)。 さらにはバーチャルネットアイドルユニット 不適ッ娘。バーチャルネットアイドルユニット 敵ッ娘。というパロディサイトが現れるなど、 周りからおちょくられる始末。 それでも3月中旬までは更新していた。だが、3月末に「春休みをとります」といって更新休止。4月に再開する予定だったのだが、4月になっても再開されない。
 そして8月、雪生氏はついに『テキッ娘。』の「無期限更新停止」を発表する。

 テキッ娘。に関してのお詫び  

 まずは、何よりも先に「テキッ娘。」の更新を楽しみにしてくださっていた方々にお詫びします。長々と放置して申し訳ありませんでした。  

 更新停止については一言で申しますと、「就職したので時間が無くなってしまった」というのが理由です。正直な話、ずっと悩んではいました。「毎日更新をやめて形態を変えればまだ細々とは続けられるんじゃないか」という迷いを引きずったまま具体的に何もせずここまで引っ張ってしまった、というのが放置の真相です。  

 もちろんそれが更新停止の告知を出さなかったことの言い訳になるとは思っていませんし、何事も無かったことにしようとも思っていません。「忙しくて続けられなくなった」だけで「やりたくなくなった」わけではないので、いつかは形を変えて(更新負担の軽い形で)復活させてみたいとも思っています。その時またお会いしましょう、ということでテキッ娘については「閉鎖」ではなく「無期限更新停止」という形で残します(フォーム等は外しておきます)。
 今までテキッ娘を読んでくれて本当にありがとうございました。今後も何らかの形でネット活動は続けていくつもりですので、失った信頼は言葉でなく行動で取り戻せていけたらと考えています。今しばらくの休養をどうかお許しください。それではまた。

お詫びかまくら

 その後、『テキッ娘。』は2度と更新されることは無かった。

 この企画、当時こそ散々悪い風に言われていました。パクリ、つまらない、エトセトラ。けど、今こうやって見てみると結構いけるような感じもしませんか? ということです。

 何せ今や「萌え」が流行語大賞にノミネートされるようなカオスな世の中ですよ。時代はインパクトを求めている。そして、それが『テキッ娘。』にはある!

 それに『テキッ娘。』はたった2ヶ月しか存在しなかったサイトなのにも関わらず、未だに話題に出るときがあるくらいです。それくらいみんなの心には残っているのです。

なぜ『テキッ娘。』は失敗したのか?~教科書には載らない『テキッ娘。』の歴史~ほいみんのページ7

*32:2003年2月13日にネットラジオで雪生氏がそう語ったらしいのだが私はそのネットラジオを聞いていない。 あくまで「テキッ娘。Part2」に書いてあったことが元なので「らしい」と書いた。 この発言で重要なのは「廃れていくテキストサイト界」という言葉を使ったことである。

267 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:03/02/13 16:14 ID:i1V975Gx
http://www.radiat.net/ondemand_wed.html

ここから「みかか」
釜本おやじのカマっぽいトークが楽しめる(藁)

268 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:03/02/13 18:18 ID:jvWT3Cn5
>>267
つまんねーラジオだなオイ。ラジオってこういうもんなの?

269 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:03/02/13 18:27 ID:jzJ1coMZ
>>268
だよねー。
でも頑張って聴いたぞ。

・雪男のコメントまとめ

ちゆや侍魂の更新頻度が落ちた今、廃れていくテキストサイト界にカンフル剤をうつべく、テキッ娘を開始しようと思った。

2chのスレ住民の方がよく考えてる(と冗談めかすように)。
また、この前スレに登場した雪男は本人じゃない。

次の展開は考えてある。

…とまあ、こんな感じで特に聴くほどの内容はなかったです。

270 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:03/02/13 18:48 ID:jvWT3Cn5
>>269
自分、ラジオってほとんど聴かないからスキルが足らないのかと思った。

271 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:03/02/13 22:54 ID:50l1VFuB
>269
素朴なつっこみとしては、テキストサイト界って廃れていっているのかと言いたい。

272 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:03/02/13 22:58 ID:oCCyD/Px
廃れてるっつーより一般的になってきたと思うのだが。

273 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:03/02/13 23:08 ID:EdV3MngT
廃れてはないな。
増えすぎて色々趣向の方向が変わってきたというべきか。

テキッ娘。Part2

このとおり「廃れていく」という表現に対し、否定的な意見がすぐに書かれている。 後ほど「衰退への意識」でも触れるが2003年時、テキストサイト界の人々は「テキストサイトの衰退」を一部の人だけ感じていたものの、多くの人は衰退という認識を持ってはいなかった。
*33: 『777's Loop Light's Loom』が『テキッ娘。』の画像を改竄し、パロディネタを公開。これに対し、『テキッ娘。』の釜本雪生が『777'sLLL』にメールを送り、画像の削除を要求した。すると『777'sLLL』は雪生が送ったメールを公開、さらに「あーなんだ、本物のバカか。遠慮して損した。笑」などと雪生を馬鹿にしたことで騒動になった。 『α汁』のおはら氏はこの騒動に対し、どっちもどっちだとし、 「テキッ娘に関して雪男氏が本気で取り組もうとしている事は重々承知しております。色々と板ばさみになって右往左往している事も。なのでこれ以上の言及はしたくないのですが、あえて言うなら「急いては事を損じる」と。落ち着いて地固めしましょうよ…。色々な可能性のあるサイトなんだからもったいないって。」と語った。

◆『ダークマター』の更新停止と後継を狙ったサイト達

 2003年6月30日、開設以来テキストサイト界のニュースサイトというべき存在であり、大きな影響力を持っていた『ダークマター』が更新停止となる。 そして後継を狙う者たちが現れた。ただし、「テキテキサイトの寿命は短い」の前例通りすぐに閉鎖・更新停止となるものが多かった(そもそも『ダークマター』自体が1年)。 ニュートリノはサイトデザインからして『ダークマター』そのままであり、後継になろうという意思があからさまであったが一ヶ月持たずに更新停止。 他に『ナイトメア』ディッシュアップ!も短い命であった。 そんななかでも 『Target capture』 ねとながめoff topicが後継サイトとして育った。 しかしテキストサイト界の拡大が止まり、そしてなにより情報源であった「ネットウォッチ@2ch掲示板」の性質が2004年以降大きく変化したことによってテキストサイト系テキストサイトは消えていくことになる。

◆衰退への意識

 2003年9月1日、『遥かな道しるべ』は「テキストサイト系テキストサイトの現状メモ」という記事を書いた。 最近はテキストサイト系テキストサイトの閉鎖が多いという内容である。

2003年09月01日月曜日

テキストサイト系テキストサイトの走りでもあるてらにゅさんが更新終了。てらたまテキストサイトニュースの頃から見ていた者としてはログも残さず無くなってしまうのはかなり寂しいですが、何はともあれ1年半お疲れ様でした。

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時期的なものなのか気のせいなのか何とも言えないところですが、なんか最近テキストサイト系テキストサイトと呼ばれる類のサイトの閉鎖や休止が相次いでいるようないないような。自分の所の更新に関るのでためしにちょっとメモ。

テキストサイト系テキストサイトの現状メモ

■ダークマターのテキストサイト系テキストサイトリンク集より
・ニュース系
てらにゅ(閉鎖)  HAGAKURE理論  HAGAKURE Plus  est(更新停止中)  URAGAWA LAST BOY  パラレルは宝(閉鎖)  遥かな道しるべ  diarrhea(閉鎖)  テキコンのぞき。(閉鎖)
・ネタ系
MMR Super(閉鎖)
・情報系
読我新聞  殺害現場  それ行けGoogle探検隊(最終更新05月04日)
・批評系
ヘイ・ブルドッグ  愛・蔵太の気ままな日記  めけめけ@DC(批評は停滞気味)  デマゴーグマイルド(批評は停滞気味)  オブザデ(閉鎖)  FindMe!(最終更新02月15日) 
・創作批評系
続・ルミ姉さんと一緒(;´Д`)ハァハァ(最終更新07月25日)
・エッセイ系
D-Point  チャッピーのおまけ日記  迎賓館裏口  中堅テキスレレビ(最終更新06月04日)
・データベース系
テキスタイルポップ  トヨペケたん(;´Д`)ハァハァ  VNI総合ウォッチ 過去ログ倉庫&News(最終更新04月08日)
・ファンサイト系
おむつプレイ(最終更新07月13日)
・地獄の番犬
ケルベロス(閉鎖)

■ダークマター閉鎖以後
UNDER500(最終更新07月22日)  ナイトメア(閉鎖)  ニュートリノ(最終更新07月29日)  ディッシュアップ!  off topic  流星RIDE

実際に見てみたら過去1ヶ月以内に更新があるサイトが3分の1ほどとなかなか寂しい結果に。他のジャンルと比べて割合的にはそう多くないのかもしれないですが、絶対数が少ないのでどうしても寂寥感を感じてしまいます。

2003年09月01日月曜日(遥かな道しるべ)

 これに対し、『おれはおまえのパパじゃない』は、 「ジャンルの盛衰」にて テキスト系テキストだけではなく、テキストサイト全体で元気の無さが目立つと書く。さらに 『ARTIFACT』が 「テキストサイトの衰退?」 を書いた。この3記事は「ネット文化論的には重要」である。 06年に、かーず氏とばるぼら氏の対談をきっかけにして「FLASH・動画板とそれを中心をしたコミュニティの衰退」が話題としてよく上がっていたが、このときは「FLASH・動画板の衰退」を住民が意識しており、 各ブログでは「何故衰退したのか」や「衰退の経緯」について色々書かれることとなった。 つまり、「テキストサイトの衰退」という内容のエントリーに対する反応を見ることで当時の人々はテキストサイトの衰退をどの程度意識していたのか?ということを知ることができるのである。
 『ARTIFACT』が有名なこともあり、反応は沢山あったのだが『ARTIFACT』が引いてきた資料の妥当性、あるいはコミュニティ論についてばかり反応しており、「テキストサイトの衰退」という言葉に対しての反応がうすい。 「テキスレ」にも『テキストサイトの衰退?』へのリンクが貼られ話題となったが、 やはり、参考にした資料が適切ではないという書き込みばかりで、「何故衰退したのか」や「衰退の経緯」といった反応がない(*34)。 つまり、2003年下半期当時の人々は「テキストサイトの衰退」という認識をほとんど持っていなかった(全くなかったわけではない事に注意!)、そして「テキストサイトの衰退」という単語に対し興味を持たなかったということであろう。 しかし、「テキストサイトの衰退」といった内容の記事が書かれ始めたことは事実である。 「テキストサイトの衰退」という言葉に対し「衰退などしていない」という真正面からの有力な反論が無かったこともまた事実である。 つまり、テキストサイト界にまだ活気はあるものの折り返し地点に入ったという思いを、はっきりとではないが、なんとなく感じ始めていた。2003年下半期は、そんな時期ではないだろうか。

*34:私の方で調べたものがあるので参考に⇒『テキストサイト界隈の衰退に関する反応(2003年)』。

8.2004年~2009年 成熟化

 テキストサイトブームが終わった2004年以降、テキストサイト界隈がネットの話題に上がってくることは少なくなり、ネット全体から見たテキストサイトの存在感は低下していった。 だから2004年以降のテキストサイト界隈は「衰退」という言葉と共に語られることが多い。 何故「話題に上がってくることが少なくなった」のか、何故「衰退」と言われるようになったのか。 以下の要因があげられるだろう。
・「ブームに便乗してやってきた人間が抜けた」ことで人口が最盛期と比べて減ったと考えられる(*35)。
・テキストサイトの2chにおける拠点であり、テキストサイト系テキストサイトの情報源であったネットウォッチ板がネトゲ勢力に乗っ取られた(*36)。
・『日記才人』が2007年に稼動を停止。
・『ReadMe!JAPAN』が2007年にシステム障害が発生し、翌年には稼動停止。
・テキストサイト界隈外に目を向ければ、増加する「個人ニュースサイト」そして「ブログ」。紅白Flash合戦が大成功を収めた「Flash」、『Youtube』に『ニコニコ動画』。話題を彼らに持っていかれた。
 では、テキストサイト界隈は「終わった」ということなのだろうか。いや、そうではない。古参のサイトの多くは更新を続け、さらにはブーム終了後に開設したサイトも育ってきている。 『NIKKI SONIC』『ReadMe! Newwork Review Carnival』『テキストサイトサミット』『紅白日記合戦』とイベントは行われ続けており、 これらのイベントには古参サイトからテキストサイトブーム終了後に開設したサイトまで幅広く参加している(*37)。 また、2005年に開設したオモコロは商業サイトだが、代表が『ゴブリンと僕。』のシモダテツヤ氏であり、テキストサイト文化を継承している。

 つまり、テキストサイト界隈はブーム終了後も十分な活力がある。

 「衰退」という言葉はインパクトが強いせいで、サイト論ではよく用いられる単語なのだが、上記の通りテキストサイト界隈については活力があり、「衰退」と表現するのは実態に合わない。 では、どのような単語を使えばよいのだろうか。ここでは以下の単語を使いたい。

 「成熟化」

 人口の激増し、言い争いが多かった時代から、安定した時代へ。古参から中堅、新人まで比較的バランスよくいる時代。それがテキストサイトブーム後のテキストサイト界隈である。 数年後は「衰退」という言葉がふさわしい事態になるかもしれない。しかし今時点(2010年2月)では「衰退」と語るにはまだはやい。テキストサイト界隈の歴史はまだ続いていく。古参サイトが更新を続け、新規サイトが出現する限り。

*35:断言せずに「考えられる」と書いた理由は、人口の正確な数字は出しようがなく、断言できない為。こういうのはある程度、感覚に頼るしかない。『ReadMe!JAPAN』の数字を使えばよいという人がいるかもしれないが、『ReadMe!JAPAN』の数字は当てにならない。
*36:2004年3月12日、ネトゲサロン板での晒し叩きのキャラウォッチが禁止になり、キャラウォッチ系スレはネットウォッチ板に移住させられた。
*37:2004年以降のイベントと参加サイトを表にした⇒「テキストサイトブームが過ぎ去った後のテキストサイト界を支えたのは誰なのか

参考文献

テキストサイトブーム関連まとめページ制作作業の進捗報告書』の 「[文献を読む]記事一覧」 「[調査]記事一覧」 を参照の事。

その他特筆すべき物

[書籍1]釜本雪夫+くぼうちのぶゆき 『テキストサイト大全』 ソフトマジック、2002年

[書籍2]金田善裕 『個人ホームページのカリスマ』 講談社、2002年

[書籍3]井上真花 『人気ホームページの作り方』 ソシム、2002年

[書籍4]ばるぼら 『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』 翔泳社、2005年

[ウェブ1]アルヲ アルヲメモ、2002年

[ウェブ2]tmash、Black、MIST 『テキストサイト界近況』 BlackAsh、2001年

[ウェブ3]Maybe-na 『教科書には載らないバーチャルネットアイドルちゆ12歳の歴史』 ラブラブドキュンパックリコ、2007年

[ウェブ4]宗像明将 『ネット幸福論』 MouRa

[ウェブ5]sakota 『テキストサイト関連年表』 Arikitarina WEB、2004年

[ウェブ6]サカイ 『レトロ・リンク』 NO-FUTURE、2004年

[ウェブ7]nanjy 『【注意】ReadMe登録前に知っておきたい「批評サイト問題」 』 TVマル秘ガイド、2004年

[ウェブ8]じおこ 『教科書には載らないVNIの歴史ヽ(´ー`)人(´ー`)ノ』 無料HPスペース娘・じおこ13歳、2002年

[ウェブ9]永江孝規 『インターネットにおける自発的コミュニティの形成,特に Web 日記に関して』 Hacked by NAGAE Takanori (3ki3ro) 、1999年

おまけ

 自分の中でいまいち消化できなかったものの、考えてみたことを載せておきます。あくまでも「おまけ」です。

◆テキストサイトの系統

 これまでのことを踏まえた上でテキストサイトの簡単な系統図を示す。 一応念のために言っておくと、系統図は作る人によって違うものが出来上がるだろう。 なぜなら「どの指標を軸にするのか」「どういった視点で評価するのか」によって変わってくるからである。 そもそも日記系サイト・テキストサイトの系統図を作ること自体に無理があるわけで、それでも作るとなるとかなりの「割り切り」が必要になる。 もちろん下図もかなり割り切っている。いちいち例外を気にしていては図など作れない。

日記系:ブログ、雑文、テキストサイトをひとまとめとした言い方。広義のテキストサイト。
日常日記系:まさに日記そのもの。テキストサイトという言葉が無い時代のテキストサイトは日記系と呼ばれており、テキストサイトという言葉が生まれてからも日記系と云う人は少なくなかった。
日常日記系時事派:時事ネタ中心。後のアルファブロガーに多いタイプ。
コジャレ系:日記系のうち、洒落たデザインとサブカルが結びついたサイト。『SHIFT』で紹介されたサイトが多い。
ライト日記系:「コジャレ系」のデザインを引き継いだサイト
ネタ日記系:日記系のうち、面白日記のサイト。クソゲー論評の文体、フォント弄りを使うことが多かった。
痛い系:ネタ日記系のうちネタの自虐率が高いサイト。クソゲー論評に影響を受けたサイトが多い。
不条理系:ネタ日記系のうち予測不可能な文書のサイト。例えばまじめな文章の途中で唐突に「ウンコ」とかの単語がでてくる。
絵日記系:絵日記サイトにはテキストサイトをルーツに持つ者がいるので狭義のテキストサイトに入れても不自然ではない。図では境界線上に配置した。
量産型VNI:VNIはテキストサイトと言われているが、時事ネタ日記・ニュースサイト傾向が強い。
テキストサイトブーム以降のテキストサイト:言い換えるなら「侍魂以後」のテキストサイト。テキストサイトという言葉が広まり、 テキストサイトを日記系ではなくテキストサイトとして意識し、サイトを開設した世代。
テキテキサイト:テキストサイトの話題を取り扱うサイト。テキストサイトについて書いたテキストサイト。侍魂以後に出現。
雑文系:随筆・エッセイのサイト。中心人物達は元々パソコン通信で活動していた。狭義のテキストサイトからは外したが、入れても間違いではない。
ブログ:=日常日記系。言い換えるならブログ騒動以後の日常日記系。ブログという言葉が広まったことで日常日記系をブログとして意識し、サイトを開設した世代。

 ちなみにこの図は『新・Readme!新作評価レビュースレ』にあった図を元に私なりのカスタマイズをしたものである。 元の図は次を参照のこと⇒『日記系サイトの系統図

◆テキストサイトとは

 そもそも「このサイトは狭義のテキストサイト」と判断するための条件は何なのだろうか。少し考えてみよう。

★大まかな条件
【エンターテイメント性が強いテキストをメインコンテンツとした日記系(基本的には日次更新)サイト】

 これは(人により言い方に多少の違いはあれど似たようなことは)よく言われることである。 娯楽的なテキストであり、必ずしも日次更新というわけでは無いものの更新頻度が高いのはテキストサイトの特徴であろう。 しかし、具体性のない定義であることから、テキストサイト以外もこの条件に当てはまってしまう場合がある。
 例えば、雑文系サイトが頑張って毎日更新した場合、雑文系サイトも娯楽的なところがあるのでこの条件に当てはまってしまう。そこでもっと具体性のある条件も考えていきたい。

★細かい条件1(システム的視点)
【技術的視点で見たときに「フォント弄り」あるいは「間を意識した改行」を多様しているサイト】

 「フォント弄り」「間を意識した改行」、テキストサイトの特徴としてよく言われるのがこの2つだ。特に「侍魂以後~テキストサイトブーム期」に開設したテキストサイトはこの2つをよく使っていた。 ただしこの条件に当てはまらないテキストサイトが数多くあることも事実である。だから必須条件という訳ではない。 先に挙げた★大まかな条件とこの条件の2つに当てはまった場合はテキストサイトである可能性が高い。

★細かい条件2(歴史的視点)
【影響元を辿っていくと最後には「ゲーム系テキスト」「コジャレ系」のサイトに辿り着くサイト】
例)テキストをメインコンテンツとした『さくらばのほめぱげ』というサイトがあるとする
『さくらばのほめぱげ』は『えこのみっくぱらだいす』の影響を受けた⇒『えこのみっくぱらだいす』は『ろじっくぱらだいす』の影響を受けた⇒『ろじっくぱらだいす』は『"FUNNY" GAMER'S HEAVEN』の影響を受けた

『さくらばのほめぱげ』はテキストサイト!

 これは、「初めに数個の面白いサイトがあって、それの影響を受けた模倣サイトが沢山現れ、さらにその模倣サイトの影響を受けた模倣サイトが 現れることで、初めの数サイトを中心とした1つの大きな界隈が出来上がる」という現象を元にしている。これも必須条件という訳ではない。そもそも、『"FUNNY" GAMER'S HEAVEN』の影響を受けたからといってそれが必ずしも文で表現するサイトになるわけではない。 動画で表現する場合だって考えられる。また「ゲーム系テキスト」「コジャレ系」が影響元ではないテキストサイトも十分に考えられる。先に挙げた★大まかな条件とこの条件の2つに当てはまった場合はテキストサイトである可能性が高い。

★細かい条件3(コミュニティ的視点)
【「クリスマス殲滅委員会」「テキストサイト史記」「テキストコンテスト」「NIKKI SONIC」「RNRC」「テキストサイトサミット」「紅白日記合戦」「除夜のテキスト祭り」などのテキストサイトが主催のイベントに参加したサイト】

 テキストサイトが主催した、テキストを公開するイベントに参加したサイトは一部例外を除き、普通に考えればテキストサイトだろう。 当然、イベントには参加せず淡々と更新し続けるテキストサイトもある。だから必須条件という訳ではない。先に挙げた★大まかな条件とこの条件の2つに当てはまった場合はテキストサイトである可能性が高い。

 と、条件を簡単に挙げてみたが、まだ不十分である。テキストサイト界隈は現在も進行していることから、きちんと定義するには時期尚早であることも事実である。 とりあえず現時点で考えてみたが議論の余地はかなりある。将来的に個人サイト文化を研究する人が沢山出てくれば、色々な視点で考えて議論することで、より適切な判断条件・定義が出てくるのではないだろうか。

 テキストサイトを語るにあたってまず一番最初にしておかなくちゃならないことは、当たり前だけど「どっからどこまでをテキストサイトと呼ぶか?」 の定義だろう。この条件を満たしていなければテキストサイトとは呼ばない、という絶対条件は果たして存在するのだろうか?
 これについては筆者はこう答えるしかない。「そんなものはありません」と。石を投げられてしまいそうな返事だけど、こればっかりは本当にそうなんだから仕方がない。 テキストサイトがテキストサイトであるために絶対に必要な条件というのは、実は存在しないのだ。本人がなんとなく「うちってテキストサイトかなあ」 と思えばそこはテキストサイトだし、逆に本人が「うちはテキストサイトじゃない! そんな風に扱われるのは心外だ」という態度を示したところで周りが 「でも、あそこってテキストサイトだよなあ」と思えばそこはテキストサイトになってしまうもの。 本当にいい加減な話だけど、逆に言えばこのとんでもないアバウトさと懐の広さがテキストサイトの良いところであって、だからこそここまで発展してこれたんだって見方もできなくもないかな。

テキストサイトの定義 (釜本雪生&くぼうちのぶゆき著 テキストサイト大全)

◆テキストサイトの強み

 初期のテキストサイトが発生した1997~1998年当時、殆どのインターネット回線はまだナローバンドであった。 そんな状況だから、ウェブ上に動画コンテンツは少なく、動画どころか画像も多用できない。 オンラインゲームは「Diablo」「ウルティマオンライン」などほんの少しだけ。 ネット上に娯楽が少ない状況の中、テキストサイトはネット上の貴重な娯楽を担っていた。ナローバンドに対応した「データ量の少ない娯楽」、それがテキストサイトの特徴であり、強みであった。

 しかし、だ。通信インフラが整い高速化していくことは、確かにインターネット全体の未来にとっては歓迎すべき事態だろう。 だがそれは、我々のこのテキストサイトの未来にとってはどうなのだろうか?
 かつてあの低速回線時代を通り抜けてきた者なら、テレホタイムにサイトを読み込んだままトイレに行って帰ってきたらまだ半分も表示されてなかった、 なんて悪夢を一度や二度ならず経験しているはずだ。画像一枚満足に表示できない、そんな粗末な回線状況だったからこそ、 軽くて表示の速いテキストサイトは当時ネットの娯楽に飢えていた人々に受け入れられていったわけだ。 特別他のジャンルに比べて面白かったというよりは、文字だけのテキストサイトくらいしか娯楽としてまともに毎日見るに絶えるものが他になかったというのがかつてのネットだったのだ。

 画像やムービーはそれだけで何メガというデータ量を要するのに対して、文字だけのテキストサイトはサイト全部のデータ合わせて1メガに満たないなんてことがザラにある。 データ量に対しての面白さの密度、という条件ならばテキストサイトにかなうものはネットに存在しない。これはかつて間違いなくテキストサイトが持っていた大きな大きなアドバンテージだった。

テキストサイトの未来 ~テクノロジー編(釜本雪生&くぼうちのぶゆき著 テキストサイト大全)