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2007-04-02 何故ROがブームになったかについて

古城倉庫
http://kojosoko.com/
の07/04/02でWebsiteMAPにリンクが貼られていたので軽く補足。

まず、ラグナロクって全世界で成功したタイトルではないよね。
成功したのは一部の国だけ。
ほぼ同期のFF11は言わずと知れた有名シリーズのナンバリングタイトルだから元々注目されていた。 それと比べjROは新規作品。開発したグラヴィティは日本では無名。
しかも当時のグラヴィティは韓国サービスで手一杯。そんななかjROは口コミで広がっていった。

じゃあなんでROは日本でこんなに人気になったのかと。ゲームシステム?ガンホーの戦略?

ネトゲ研究日誌の人が以前こういっていた。

しいて挙げるならば「ラグナロクオンライン」は奇妙だ。 全世界65ヶ国で運営されているが、日本、台湾、タイ、韓国 という、ごくわずかの国で高い人気を得ている。日本だけなら ガンホーの功績を評価するのだが、この限定された国に共通 する何かが、まだ自分には見えない。
http://blog.livedoor.jp/borisgoto/archives/50488804.html

でこのエントリを当時読んでコメントしようと思って作った文が以下の通り。
結局コメントはしなかったのだが・・・(文字数制限に引っかかってコメントできなかった)

まず始めに、韓国では人気ありません。

で日本の場合ですが、 日本RO(以下jRO)の人気に関して言えばRO界、MMORPG界だけではなく 日本のWeb全体を見る必要があると思います。 jROがβテストを行っていたのは2002年ですが、 2002年に一大勢力であったテキストサイト界がROの快進撃に力を貸しています。 他にもニュースサイト界とか同人界とか偽春奈コミュニティとか・・・ 彼らの強大な支援を抜きにして2002年のjRO快進撃は語れない。

とあるMMORPGが何故人気になったかということを考える時に ゲームシステムとか運営会社の手法から探るのは正しいことで 他のMMORPGではそれで十分な場合もあるのかもしれません。 しかし、少なくともjROに関して言えば、 Web全体の流れ(歴史)とjROコミュニティとの関係も考る必要があるかと。

そこまで考慮に入れなければならないということがjROを考察する上での特殊性であり、 jROはよくわからないと言われる原因なのだと思います。


ROがなぜブームになったのか。

ブームというのは2つの条件が揃ったときに発生する。
「優れた・魅力ある作品」「その作品の存在を広く世間に知らせることが出来た」
「優れた・魅力ある作品」でなければ「作品の存在を広く世間に知らせること」が出来てもブームにはならないだろう。
「その作品の存在を広く世間に知らせること」が出来なければ「優れた・魅力ある作品」であってもブームにはならないだろう。

1つ目の条件「優れた・魅力ある作品」かどうかはゲームシステムが指標になる。

で、2つ目の条件「その作品の存在を広く世間に知らせることが出来た」である。
β2以降(特に課金開始以降)ならガンホーが宣伝を行い、ROの存在を世に広めたという結論でよいだろう。ではβ1期はどうだろうか。ガンホーが管理を行う前のβ1期からROはブームであった。接続数はβ1期のころから急増していた。ガンホーが管理を行う前、グラヴィティが大々的に日本で広告を打っていたかと言うとそうではなかった。

では誰がROを広めたのだろうか。私が「ラグナロクオンラフフフフフフフフ」と「WebsiteMAP」での調査の結果わかったこと。
つまりROは「個人サイト達がその影響力を使い、ROを広め、ブームを作り上げた」ということ。

代表的なサイトをあげてみよう。

『うさだ(通称:本家)(元:Finite Laboratory)』は偽春奈(何か)界隈にROを広めた。
彼は「立ちアコ」を作ったし、年表Aを書いた。年表Aはネガティブな内容ではあったが偽春奈界隈の人に「本家の人がやっているネトゲ」として偽春奈コミュニティにラグナロクの存在を知らせた。
本家のほかには『鴨はうす』が「ラグナロクをどこで知ったか」という問いに対して出てくることの多いサイトとしてあげることができる。

『ping=zero』はニュースサイト界隈にROを広めた。当時一番のネトゲニュースサイトであり、jRO最初期の重要4サイト、すなわち「Let's Ragnarok」「K-RAGNAROK」「4Gamer」「ping=zero」の一つでもある。

テキストサイト界隈にROを広めたのは、言うまでも無くVNI達だ。大手VNIの多く(殆どといってしまっても良いかもしれない)がROをやってたし、多くのVNIがROを記事に取り上げたり、ネタにしたりした。

彼らはROを自分の所属界隈に知らせた。そしてその界隈に属する他のサイトや閲覧者にROを広めていく。こうして多くの人がROを知ることとなった。そして彼らの影響を受けて、新たなROファンサイトが生まれた。
『RAG.D Project』は偽春奈界隈の人だし、『RagnarokSquare』は裏ニュース周辺の人だし、VNI界隈からは『さやさや』『レイホウ』等に代表されるROVNIという変種が生まれた。

侍魂がブームになったとき、侍魂模倣サイトが沢山できたように。個人サイトから影響を受けROコミュニティにきた人は影響を受けたサイトを模倣したサイトを作ることが多く、そのサイトがさらにROを宣伝していく(ROVNIがまさにそう)。こうしてROコミュニティは影響力の高い(サイト持ち)ユーザーの層が厚くなり、結果、ROコミュニティはイベントが活発になった。劇団、蚤の市、ラジオ局、オークション等の数々のユーザーイベントが行われるようになった。

こうしてROは個人サイトの影響力により大人気になったわけだが、力には正の力と負の力が存在し、常に表裏一体なものである。常に正の方向に向いているわけは無く・・・・・・

ROでは過去に3回、大きな抗議運動が起きた。β2中期からEpisode1.5中期(第1次署名運動〜春のBAN祭り)、Episode4.0中期(内部告発騒動)、Episode5.0中期(アサシンギルド事件〜運営改善デモ)。それはROを宣伝した影響力の高い人々の力が、その力に頼ってきたガンホー・GRAVITYに対して向けられた例であり、起こるべくして起きた出来事であった。